第2話  JAMSTECへの道 前編

その1  東京地検特捜部か、ノーベル賞か

やや「イチビリ」モードの「ジュリアナトーキョー行ってみたい」とうつつを抜かしていた若かりし日のボク。なんか「昭和」のかほりがしますね。
(提供:高井研)

京都大学農学部では、3回生の後期試験が終わる頃には、春から始める卒業研究の配属研究室や研究テーマを決めないといけないので、学科の同級生はみんな結構ソワソワしだしていた。自分の進みたい研究室の配属人数、就職率の良さやラボの雰囲気、その人間関係など、調査すべき事柄がたくさんあったのだ。

ボクは元々、将来は研究者になりたいと思って京都大学農学部に入学した。大学は京都大学農学部と大阪大学法学部を受験した。前者を受験したのは生物系の研究者になるのもいいなあと思ったから。それは高校時代の生物の先生の影響があった。

その先生は、いかにも生物教師っぽくって、のどかな昼下がり、学校の生物実験室でホゲーッて感じで飼育生物の世話をしたり、テレテレと実験の準備をしたり、時間の進み方が他の教科の先生とは明らかに違っていた。

あの緩やかな時間の進み方は、ぜったい生物を扱う実験とか研究に由来するものだと思ったんだ。後でそれは、単なるあの先生の個人的人間性によるものだとわかったけれど、でもやっぱり「生物を扱う研究」というのは研究対象の生物に時間を合わせなければならない側面はあって、一般的な社会活動の時間とはズレてくるものなのだ。

「我、生物系研究者。故に我、朝苦手」。ゲノム(ヒトとかイヌとかウマとかの生物細胞内のすべてのDNA)研究の魔王と呼ばれるアメリカのベンター研究所のクレイグ・ベンターもそう言っている。ある国際学会で、クレイグ・ベンターは、自分のゲノムDNAの完全塩基配列を読んで、「夜型」遺伝子を見つけたと嬉々として話していたっけ。さすが「変人」と呼ばれるだけのことはある。