「子どもの目線になってバカの子どもたちの間に入り込んでみたら、大人に教えを請うだけの無力な存在には、もはや見えなくなりました。もちろん、児童労働という言葉で語られるような、社会問題として子どもが無理に働かされている、学校に行く権利を奪われている、という見方を否定する気はないんです。そういうことは、実際に起こっている。でも、それだけではないんですよ。子どもが自分達で好んで魚獲りに行って、それを晩御飯のおかずに持ち帰ったからといって、そのことを「児童労働だ」として責め立てて、やめさせて学校に通わせるとしたら、それはちょっと違うんじゃないかと。一緒に暮らしていると感じるんです」

 こんなことを述べると、反発をくらうこともあるのではないかと心配になるが、実はそうでもないらしい。

「都市部では、やはり、深刻な児童労働の問題があるでしょう。でも、子どもが働くのをやめたら、生活の糧を失ってしまうようなケースもある。だから、アフリカの子どもが働くのを一律に悪だと決めつけるのは一面的なんじゃないかというふうに、NGOの人と話したこともあります。場所場所に応じて、あるところでは、子どもの労働を一律やめさせて学校に入れるのでなくて、働きながらいかに学校に通うかみたいな工夫が求められているそうです。もちろん、バカの子どもが学校に行く効果だってあるんです。狩猟採集をしながら、時々、学校にも行きたい子どもが、フランス語とか算数を勉強しに行くみたいに、選択肢が増えればいいと思っているんです」

 面白いから遊ぶ。面白いから学校に行く。

 そうであれば、本当にいいと思う。

バカの子どもたちが通う学校。(写真クリックで拡大)
子どもたちが学校に行く効果は当然ある。(写真クリックで拡大)

この連載の前回の
記事を見る