亀井さんは、なぜこんなふうに子どもたちに「弟子入り」できたのだろう。

 もともと、コミュニケーション一般に興味があり、「人が好き」と公言する人物である。大学の修士時代にはニホンザル社会の研究をしていたのに、「サルはしゃべらない」からちょっと物足りないと、ヒトの研究へと方向転換した逸話もある。

 さらに言うと、亀井さんは、狩猟採集民の子どもについての研究を始める前から、手話の話者であり、のちに手話研究にも手を染めた。こちらも、手話が単なる音声言語の代替ではなく、独立した言語であることを知ったことから、興味を持ち、手話で会話するろう者のコミュニティに「弟子入り」して学んだことから始まっている。難関で知られる手話通訳士の資格を持ち、また、アフリカの手話文化と手話言語圏についての研究も行っている。

 やはり我々の社会の平均値からいって、かなり「コミュニケーション向き」のキャラだということは間違いない。

 そんな亀井さんにしてみれば、アフリカの森の子どもたちに「弟子入り」するのは造作ないことであったろう、と思ったら、そうでもなかったようだ。

自ら手話を駆使してろう者に取材する亀井さん。手話の勉強をするときも、知らない世界に初心者として入れてもらった。最初は通訳をたてたが、それではうまく溶け込めず、結局、アフリカの手話を身につけた。(写真クリックで拡大)
手話の取材では7カ国を回った。その成果は『アフリカのろう者と手話の歴史-A・J・フォスターの「王国」を訪ねて』(明石書店、2006年)にまとめられている。ちなみに、写真は各国の水とビールのラベルのコレクション。(写真クリックで拡大)

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