第2章 単独行 前編

 ひとりで事を行なう流儀は、おそらく世界放浪の旅に出る以前に植村が会得したものだったように思われる。高校時代に登山体験があったわけでもなく、またはっきりした目的があったわけでもなく、つい出来心で明大山岳部に入ってしまった。入部すると同時に先輩たちにしごかれつづけ、内心文字通り悲鳴をあげた。これを克服するにはどうすればよいか。彼は毎朝ひとりでトレーニングをして体力づくりに励んだ。負けるものか、とひとりで目標をきめ、それを正直に実行する。そういうやり方が身についていった。さらに最上級生になったとき、単独山行を試み、成功して自信を得た。

 そういう植村が、無鉄砲を十分承知の上で、「ヨーロッパ・アルプスの氷河を見たいばっかりに」日本を飛び出していったのである。

大放浪時代、モンブランに登ったときも単独行だった。頂上間近に迫る植村
(写真提供:文藝春秋 © Bungeishunju)

後編につづく

湯川豊(ゆかわ ゆたか)

評論家、エッセイスト。1938年新潟生まれ。慶応大学卒業後、文藝春秋に入社。『文學界』編集長、同社取締役などを経て、2009年より京都造形芸術大学教授。『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(共にちくま文庫)、『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』(スイッチパブリッシング)などがある。2010年『須賀敦子を読む』(新潮社)で読売文学賞受賞。


本文ではグリーンランドからアメリカにいたる極北の先住民を「エスキモー」と表記しています。この言葉は一概に差別的とされているわけではないものの、一部登場するカナダの先住民は現在、「イヌイット」という呼称を使うように主張しています。しかしながら、本文では植村直己氏が、自らの探検でかかわった極北の先住民一般に対し愛着をこめて「エスキモー」と呼んでいることを尊重し、その呼称を用い、著者の表記もそれに準じています。
(Webナショジオ編集部)