第2章 単独行 前編

 登山や冒険をチームを組んで行なうほうが一般的なやりかたである。たとえば、極地法といわれる行動のしかた。基地を置き、そこから第一、第二、というぐあいにキャンプを先に進め、最後にアタック・キャンプから目標点をめざしてそこに到達する。目標点は、北極点であったり、またエベレスト山頂のように山であったりもする。集団で、一定の方法をもって目的を達成しようとする、一種の社会的行動のような冒険行。それが極地法である、ともいえる。そこには指揮者=隊長と、コマとなって動く隊員がいる。

 集団で探検や冒険を行なうこの方法は、19世紀の西欧で確立されたものだが、日本人にとっても親しみやすい行動様式であった。われわれは、集団であることと、そこでの協調(チーム・ワーク)をもっとも大切なものとしている。単独の人間にある前に、何かの一員である。それが日本人の発想の根本にある。

 植村直己は違っていた。最初から違っていた。まずひとりであること。それが発想の根もとにあった。単独行について、理屈ばったことはほとんど何もいわなかったけれど、ごく自然に、あたりまえのように、ひとりでやれることはひとりでやろうとし、ひとりでやった。その点、日本人離れしていたといってもいいだろう。

 それにしても、ひとりで行動するときに、ひとりであることからくる恐怖や不安はないのだろうか。ひとり、といっても、机の前に座って考えごとをしているのではない。苛酷な自然のなかで、目標に向って、ひとりで行動しているのである。