第2章 1888-1900 ゆりかごの時代

第2回 11,000分の1

 創刊からちょうど1年後に刊行された第4号では、すでにカラーの図版を掲載しています。

 のちに北極探検で有名になるロバート・エドウィン・ピアリの「子午線儀とマチェーテ(南米の大型ナイフ)を携えてのニカラグア横断記」で、ニカラグアの風景を描いたパステル画を数点と、4色刷りの地図を使いました。力を入れて制作した地図はとても好評で、たちまちこの雑誌にとって重要なものとなりました。

 協会設立から2年後の1890年の春には、米国地質調査所とともに、はじめて探検を支援しています。

 地質学者イズラエル・C・ラッセルら10人は、協会のサポートのもと、アラスカとカナダの国境近くにそびえるセント・エライアス山を探検。その途中で北米大陸で2番目に高いローガン山や巨大な氷河を発見しています。この氷河は初代会長の名前をとって「ハバード氷河」と名づけられました。

ウィリアム・リンズレーの日誌には、セント・エライアス山の登頂に挑んだ厳しい日々がつづられている。(c)Mark Thiessen, NGP