第2章 1888-1900 ゆりかごの時代

第2回 11,000分の1

 1885年から1905年までの20年間に、アメリカで発行された雑誌はなんと約11,000種類にのぼります。もちろん、ほとんどが廃刊になっています。ゆりかごの時代を終えるまでの『ナショナル ジオグラフィック』は、単にその11,000分の1という程度の存在にすぎませんでした。

 当時は物理学、天文学、地質学、生物学、人類学などの専門誌もたくさん創刊されましたから、どちらかというと、そんな感じの地味でおカタい雑誌と思われていたようです。

 難解な学術論文と一般向けの読みものが同時に掲載されるスタイルは、創刊号から相変わらず続いていました。おまけに発行は不定期です。確かに、寄稿者は一流の科学者や冒険家たちでしたが、こんなやり方で売れるはずはない。事実、創刊直後から『ナショナル ジオグラフィック』は苦戦続きでした。

 とはいえ、何も手を打たなかったわけではありません。のちの成功につながる画期的な工夫も、早くから行っていました。

1890年に行われたセント・エライアス山の地質調査は、協会初の研究調査・探検プロジェクトだった。(c)Israel C. Russell