第4回 フィールドは「未踏の大地」

「水中の遊泳速度なんか過去にたくさん記録があって、それほど新しくないけれど、空中はそんなに記録がないはずだから、空中のほうがおもしろい!」と。

 そこで、渡辺さんは、わざとゆるめた状態に調整して、ヒメウに装着した。やはり飛んでいる時のデータが取れることが分かった。

 帰国後、工学系の知り合いの先生に頼んで風洞実験をして、ロガーの値と風速、つまり、ヒメウが飛んでいた時の速度を照らし合わせ、世界ではじめて飛んでいる鳥の飛行速度、それも対気速度(風が強いところで鳥が制止しているように見えても、実際にはその風速の分の速度で飛んでいるのと同じ)をあきらかにした。

 それだけでも、災い転じて福となした画期的事例なのだが、まだ先がある。

「飛ぶほうに焦点を当てて飛行能力の解析をしてみたら、パッと見はちゃんと飛んでいるように見えて、飛行時間がやたら短いし、3分も飛ばないんですよ。よくあるパターンとしては、1分くらい飛んだら降りてくることが多いです。飛行速度をバイオメカニクス的な解析をして考えると、けっこういっぱいいっぱいの速度です。潜水能力はすごくて、100メートルくらいは潜るんです。その代償として飛行能力はショボいんじゃないかと、いう結論になりました。空飛ぶ潜水艦がつくれないのと同じような理由ですね」

 ヒメウにつけたロガーには、加速度センサーやGPSも搭載されており、どこで飛んでどこで休んだかということが、はっきり分かる。たった5キロ先の沖で餌をとるにしても、そこに至るまで一気に飛べず、何度も休むのだという。

 目下、渡辺さんは、ウの中にも潜水に特化して飛行が苦手なタイプと、潜水はそれほどでもなくてかなり飛行能力があるタイプに分かれるのではないかと考えており、それらを比較研究してみたいと思っている。

 なお、鳥の飛行速度(対気速度)が直接的な方法で分かることは、やはり画期的なことなので、今後、ロガーを装着できる大型の鳥では活用され、新たなジャンルを生み出す予感はすでにある。

 なにはともあれ、センサーの意外な使い方を偶然思いつき、海鳥の水中の姿ではなく飛行中の姿という「未踏の地」に、足を踏み入れたお話。このあたりも、バイオロギングによる研究の醍醐味ともいえる。

つづく

渡辺佑基(わたなべ ゆうき)

1978年、岐阜県生まれ。国立極地研究所生物圏研究グループ助教。世界の極地を飛び回り、データロガーを駆使して主に極域に生息する大型捕食動物の生理生態および種間比較を研究している。2011年、「動物の泳ぐ速さを決めるサイズ効果を発見」(J. Anim. Ecol. 80, 57-68 (2011))が『Nature』の「News&Views」に紹介された。


川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫生まれ。作家。98年、小説『夏のロケット』で第15回サントリーミステリー大賞を受賞。少年たちの川をめぐる物語『川の名前』、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)など、多岐のジャンルにわたり多数の著書がある。近著は『イルカと泳ぎ、イルカを食べる 』(ちくま文庫)。
著者自身によるブログは「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターのアカウントは@Rsider