第2回 ノースウッズとの出会い

 動きの一瞬をとらえ、今にも歩き出しそうなオオカミたち。空間に満ちている光と色の、はっとする美しさ。どの写真にも、レイチェル・カーソンの言う「センス・オブ・ワンダー」、つまり、自然のふしぎさへと開かれた、豊かな感性にあふれていました。

 驚いたのは、そこに写っているオオカミたちが、アラスカのツンドラや、モンゴルの草原ではなく、森のなかに暮らしていたことです。そう、あの夢で見たのと同じような、針葉樹の森です。

〈あのオオカミがこの本へと導いてくれたのかもしれない。なにかを伝えたかったのだろうか……。〉

 はやる気持ちを抑えつつ、さらに秘密が隠されているような気がして、文章を一気に読みました。そこに描かれていたのは、童話『赤ずきん』などに代表される、忌み嫌われ、人間を襲う、邪悪なイメージのオオカミとはまったく別の姿でした。

 人間はかつて、オオカミを敬い、狩りの技術を学びながら厳しい自然を生き抜いてきた。ブラザー・ウルフ……人間とオオカミは、この世界を共に生きてきた兄弟なのである。

 オオカミの尊厳をもういちど取り戻そうという、力強いメッセージが胸に響きました。

 その昔、日本にもオオカミがいました。最後の生息情報は1905年にまでさかのぼります。山の神として崇められたこともあるオオカミは、近代化とともに姿を消したのです。

 百年も前に捕食者を失い、食物連鎖のバランスがくずれてしまった日本の自然。そう思うと、これまでにぼくが歩いてきた思い出の山や森が、とても寂しいものに感じられました。

 いまでもなお、野生のオオカミたちが歩き回る森を、この目で見てみたい。そしていつか、こんな写真が撮れるような写真家になりたい。『ブラザー・ウルフ』を見ているうちに、そんな思いが募ってゆきました。

 夢を見て以来、オオカミのことで頭の中が一杯でした。あんなにも悩んでいた最初のテーマ選びに、ある日突然、答えが降ってきたのです。思考を飛び越え、夢に見るという直接の体験となって。

 ジムとオオカミの暮らす、ミネソタ州北部の森に旅立ったのは、オオカミの夢を見てから半年が過ぎた、1999年5月のことでした。

つづく

大竹英洋

大竹英洋(おおたけ ひでひろ)

1975年生まれ。写真家。一橋大学社会学部卒業。1999年に米国のミネソタ州を訪れて以降、北アメリカ大陸北部に広がる湖水地方「ノースウッズ」の森に魅せられ、野生動物や人々の暮らしを撮り続けている。主な著書に『ノースウッズの森で』(「たくさんのふしぎ傑作集」)、『春をさがして カヌーの旅』(「たくさんのふしぎ」2006年4月号)、『もりのどうぶつ』(「こどものとも 0.1.2.」2009年12月号)(以上、すべて福音館書店)などがある。また、2011年3月NHK BSの自然ドキュメンタリー番組「ワイルドライフ カナダ ノースウッズ バイソン群れる原生林を行く」に案内人として出演。近著は「森のおく 湖のほとり ノースウッズを旅して」(月刊 たくさんのふしぎ 2012年 09月号)
本人によるブログは「hidehiro otake photography」