第2話 とっておきの秘策

「あれ? ひとり? ええええ~」
 去っていくボスの背中から、馬房の子馬たちに目を移すと、一頭が、ドアからの距離を測るように後ろへと下がり、前足で地面をかきはじめていた。まずい……、これは、突進の準備だ。
「ちょっと、まって! 早まるでない!」
 タタッ、タタッ、タタッ、―――、ドン!
 派手にぶつかって、目を回した。
 そもそも、子馬たちの精神状態が落ち着いていないのだから、昼のメロドラマどころではないのだ。げじげじめ~。
 こんなことを何度も繰り返されては、いずれ大怪我をしかねない。私は、子馬たちをなだめるのに必死になった。

 最初は、あたふたしていた私も、一呼吸置いて冷静に考えてみると、馬をなだめる方法を二つ知っている。
 一つは、「シーシー」言うこと。
 なんだそれはと思うかもしれないが、北米のカウボーイたちが、興奮した馬の精神状態を鎮めるためにやる方法で、横ちょの歯と歯のすき間から息を出して、シーシーと鳴らす。
 のちのち書いていこうと思っているが、私がカナダに渡り、カウガール修行を始めた頃に教えてもらったやり方である。
 結構、効き目のある方法なのだけれど、この子馬たちには、「シーシー、うるさいんだよ!」 ドンっと壁を蹴られてしまった。

 それならば、二つ目の方法である。これは効果あるだろう。なんたって、動物は単純明快、餌に弱い。食べ物を見たら、食べることに夢中になって、「あれ? 今、どうして鳴いていたんだっけ?」と、なること間違いない。

 私は倉庫に走って、馬の大好物のグレイン(穀物)を持ってきて、餌箱に入れてやった。
「さ~、なにもかも忘れて食べなさい」
ところがこれも失敗だった……。さっきまで、のんびりと親子で草を食んでいたのだから、すでにお腹がいっぱいだったらしく、ひくひくと匂いを嗅いだだけで、フギーっと鳴いて、
「こんなもの食べている場合ではないのだ!」 ドン!っと、またも壁を蹴られてしまった。

 そうとなれば、とっておきの秘策を用いるしかない!
 それは、何を隠そう(……笑っちゃダメよ)、
「ムツゴロウになる!」――というものである。はっきり言って、真剣な策である。決して、笑いどころではありません。
 私は、牧場の娘に生まれたわけでも、身近に動物たちがいる環境に育ったわけでもないので、動物との接し方を学ぶには、この時代はやはり、テレビの中のムツゴロウさんが先生だった。
 だから今も、犬や猫を可愛がる時は、決まって、ムツゴロウ式を用いている。と言っても、口に入れたりはしませんよ。要注意。

 私は、「もはや、これしかない!」と確信して、秘策決行のために、子馬たちのいる馬房の中に入っていった。

つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。http://web.hirokawamasaki.com/