さて、痛みの定義や、種類について、おおまかに受け入れたとして、今度はそれをどう測定するかという問題に当たることになる。痛みは、あくまで主観的なものだ。だから、血圧を測定したり、血液を採取して血糖値や尿酸値がどれだけで、といったふうに客観的な指標を出すのが難しい。おまけに、かなり個人差もある。

主観である痛みをどうやって測定するのだろうか。
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「我々の中で問題となってくるのは、人によって痛みの受けとめ方は随分変わってくることなんです。同じ経験をしても、ある人にとっては大したもんでないかもしれないですけども、ある人にとってはすごく大変なことだったりします。やはり、打たれ弱い人というのはいますし、ものすごく大きなトラウマみたいになっているようなときにはすごく苦しむことが多くなります」

 というわけで、あくまで主観である痛みを表現するには、やはりまずは主観からスタートすることになる。

「診断でも、薬の治験でも、使っているのは、まずはNRS、数値評価スケールというものです。痛みを0から10までで表現するとどうなるか。0が痛みなし、10が想像できる最大の痛みです。あるいは、100までで表すVASというのも使われます。いずれも、主観なので、もっと視覚化・数値化しやすいような指標を作ろうという動きはあります。脳の反応をMRIなり脳波なりでとらえて、ある種の特殊な病態について実際に因果関係があるのか証明していきましょう、ですとか」

 とにかく現状では、痛みを訴える本人に「どれくらい痛いか数値で答えてください」と聞くのが一番簡便で信頼されている。ある人の「5の痛み」が、他の人の「5の痛み」とどう違うのかを考え始めるときりがなさそうだが、少なくとも治療の指針を立てたり、治療の結果、改善されたかどうかを確認するにはとても有用だ。

 その上で、痛みはどんなふうに「発展」「展開」していくものなのか。

「急性のもの、たとえば、怪我の痛みというのは、その怪我が治れば消えていくものですよね。ただ、ややこしいのは、すべてがもとに戻るわけではないわけです。元通りには治らないような経過をたどっていったときは、ずっと痛いということも起きます。あるいは、怪我が完全に治っても、脳が痛みを記憶しているような場合もあって、やはり痛みが残っていきます」

 脳が痛みを記憶するというのはどういうことだろうか。ちょっと不可思議な事態だ。最近、かなり知見が積み重なっていると思う。

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