ここまで聞いた時点で、ぼくは自分自身の指や足首の痛みが、「16パーセントくらい」の一般的な運動器の慢性疼痛のたぐいだと理解した。なかなか治りにくいものではあるが、生活上それほど困っているわけではないので、今後もうまく付き合っていくことが大事なのだろうという結論である。

 では、それを「こじらせる」というのはどういう状態を言うのだろう。

「痛みって慢性化するほど、心理的、社会的な要因が強く絡まってくるようになります。痛みが続いて、不安だとか、恐怖だとかを感じて、痛くないように動かさないようにしていると、当然、筋肉も使わないので萎縮し、関節が固まってくる関節拘縮(かんせつこうしゅく)、骨が吸収されてやせ細る骨萎縮(こついしゅく)が起きたり、結果として全体の機能が落ちてきて、別の部位に新たにひどい痛みが出てくることも多いんです。当然、眠れなくなるとかといったことも起きてきますし、抑うつ的になって、薬に依存したり、医師に依存したりすることもあります。いったん悪循環が始まってしまうと、断ち切ることが難しくなってしまいます」

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 これらを引き起こすもともとの「原因」は様々だ。

 交通事故はもちろん単に手足をひねったというレベルの怪我のこともありうるし、関節リウマチや椎間板ヘルニアなどよく知られている疾患の場合もある。最近では、多くの人ががんの治療の後で長く生きられるようになっているので、放射線治療や化学療法に由来する神経障害、組織障害の痛みも問題だ。

 入口がなんにせよ、ひとたび悪循環が始まると、ひたすら痛みにとらわれることになり、やがて最初の時点での疾患から想定されるよりもはるかに重たい状態になって、仕事や学校に行けなくなったり、生活が破綻したり、どんどんひどいことになっていく……。

 こういったことが、日本の人口の数パーセントの人たちに起きているかもしれないというのは衝撃的だ。

 それと同時に、こういった慢性疼痛のこじらせ方は、「痛み」とはなんだろうという、その本質というか、成り立ちみたいなものを示唆してやまない。今、慢性疼痛に悩んでいる人はもちろん、幸運にもまだ縁遠い人も知っておくに越したことはない。

 端的に言えば、痛みをこじらせないためには、「痛みにとらわれすぎない」「適切な運動をする」などといったことが大切であるようなのだが、その背景には実に奥深い議論がある。そこに至るまで、少しずつ「痛み」についての理解を深めていかなければならない。

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