第5回 整形外科の医師がゲノム研究者になった理由

 東京大学大学院の松田浩一教授(新領域創成科学研究科メディカルサイエンス群・クリニカルシークエンス分野)は、医療にかかわる研究者であり、また、27万人ものDNAを保管する疾病バイオバンクの運営者だ。さらにいえば、かつて臨床医でもあった。

 医学部医学科を出て医師になった松田さんは、どのようにして今の場所に至ったのだろうか。そのあたりを聞いていこう。

東京大学大学院教授の松田浩一さん。整形外科医がなぜ研究者に転身したのだろうか。
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「僕の家は、別に父が医者というわけでもないし、特にまわりに医者がいたわけでもないので、医学部に行く強い動機づけがあったわけではないんです。高校時代までに、いろいろ本とか読んだりする中で、医者の仕事はやりがいがありそうだというふうには感じていて、医学部に進学したというのが実際のところです。大学時代はアメリカンフットボール部で、結構怪我をすることが多くて、大学病院の整形外科にお世話になることが多かったのと、5年生になって実習で各科を回り始めた時に整形外科は明るくて楽しい雰囲気で、そういうところに惹かれて整形外科を選びました」

 松田さんと話していると、深刻ながんや遺伝性の疾患の話題でも、難しいゲノム解析の話でも、常に楽観的で明るい雰囲気なのだが、一貫して、ものごとの明るい面、楽しい面を見出す性質なのであろうと「腑に落ちる」感覚を抱いた。

「ただ、一般外科のように命に関わる疾患にかかわることへの憧れもあって、整形外科の中ではすごくマイナーな骨軟部腫瘍(こつなんぶしゅうよう)という病気を治療するグループに入りました。骨、筋肉、結合組織などに出来た悪性腫瘍だと思ってください。これが、かなりやっかいで、まず、いろいろな種類がある上に、症例が少ないんです。薬も副作用が強くて、髪が抜けたり、すごく吐き気がしたりするものでした。骨軟部腫瘍のひとつ、骨肉腫の場合ですと、わりと若年の方、当時、20代だった自分から見ても若い10代の患者さんも多くて、そういう方が病気で苦しむのを見ていると、無力感にさいなまれるところがありました。それで、できれば新しい治療法の開発ができないかなというのも考えて大学院に進みたいと思ったんです。これが、がんの領域の研究をするようになった直接のきっかけですね」