第3回 胃がん、ピロリ菌、十二指腸潰瘍と血液型の不思議な関係

 そこで、ふと思ったのだが、最近では遺伝子検査を民間の検査会社で気軽に行えるようになっている。唾液などを専用の容器に入れて業者に送ると、代表的なSNPを調べて疾患リスクや体質などについて教えてくれるというものだ。そういったサービスについて、どう考えると良いだろうか。

「実は私自身もちょっと興味があって、1回やってみたんです。大体300から400ぐらいの項目についてレポートが返ってきて、いくつかの疾病のリスクが高く、いくつかはリスクが低いというようなことが書いてありました。他にもお酒に強いとか弱いといった体質もですね。こういうものを通じて、自分のことを把握できるのはいいんですが、問題もあります。これって、基本的にアメリカ人向けに開発されたものなんですよね。日本人特有の病気にかかわるSNPもありますし、環境も、生活習慣も違いますから、そのままだとちょっと不正確になってしまうかもしれず、我々もできるだけ正確な情報を出していきたいと思っています」

松田さんも民間の遺伝子検査をいちど試してみたという。
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 日本人を対象にしたゲノム研究と、アメリカ人、あるいはヨーロッパ人を対象にしたゲノム研究では、何かの疾病のリスクについて、強い関連を示すSNPが違うことがしばしばある。また、さらに環境因子の違いも大きいという。

 松田さんに具体例を聞いたところ、分かりやすい事例として、ウイルスなど病原体の違いを挙げた。日本ではB型肝炎ウイルスよりもC型肝炎ウイルスの方が感染者が多い。また、子宮がんの原因になるヒトパピローマウイルス、胃がんの原因になるピロリ菌のタイプも違う。とすると、肝がん、胃がん、子宮頸がんにそれぞれかかわるSNPが、現実世界の疾病の分布にどのように反映されるかも違ってくる。一方、生活習慣にしてみても、ほとんどの人がお酒もタバコを避けている社会と、その逆の社会を仮想して比べてみれば、食道がんに関係した同じSNP の「効果」(SNPの型による食道がんになりやすさ、なりにくさ)が何十倍も違ってくることは、連載2回目に紹介した研究からも分かる。

 こういったことまできちん織り込んで情報を読まないと、変な方向にミスリードされてしまうかもしれない。やはり今後、松田さんのような日本の研究者からの情報提供が必須だ。

 また、精度の高い情報が得られたとしたら、その情報は、自分自身だけでなく、ある程度は、子どもやきょうだいについての情報でもあることも理解しておくべき点だ。手軽に調べられる遺伝情報とぼくたちがどう付き合うべきか、社会的な議論が深まることを期待したい。

つづく

松田浩一(まつだ こういち)

1969年、大阪生まれ。東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野 教授。M.D., Ph.D. 1994年、東京大学医学部医学科卒業後、整形外科医の勤務経験を積んだのち、基礎研究を志して1999年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻に入学。2003年に米国ベイラー医科大学研究員になり、博士号も取得。2004年、東京大学医科学研究所、ヒトゲノム解析センター助手に就任。2009年に准教授になり、2015年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「「「秘密基地からハッシン!」」」を配信中。