「アセトアルデヒドが血中にあると、顔が火照ったり頭が痛くなったり、不快な症状が出ます。日本人では約半数の人たちはアセトアルデヒド脱水素酵素の活性が強くてこういった不快な症状が出にくいんですけど、約4割は中間型ですぐに顔が赤くなったりします。残りはそもそもアセトアルデヒドを分解できない、お酒を全く飲めない人たちです。この場合、中間型の人がアセトアルデヒドに晒されるリスクが高くなります。アセトアルデヒドは発がんをうながすことが分かっているので、それで食道がんになりやすいのではないかと考えられます。一方、アルコール脱水素酵素は、飲酒の嗜好性を決めている因子です。この酵素の活性が弱い人は、飲酒してからアセトアルデヒドが蓄積するまで時間がかかるので、不快な症状を感じる前にお酒を飲みすぎる傾向があります。実際、アルコールに依存性がある方は、その酵素活性が弱いタイプが非常に多いと分かっています」

 つまり、「お酒にそれほど強くないのに飲めないわけでもない人(アセトアルデヒド脱水素酵素活性の中間型)」と、「お酒を飲みすぎる傾向がある遺伝子型を持つ人(アルコール脱水素酵素の活性が低い型)」では、発がん性のあるアセトアルデヒドにさらされる結果、がんになりやすくなっている、というふうに理解できる。松田さんの研究によると、これらのハイリスクの人たちでは、そうでない人たちに対して3~4倍も食道がんになる頻度が高かった。さらには、両方の遺伝子型をあわせもった人のリスクは、なんと16倍にものぼった。

 松田さんは、環境因子との関係にも切り込む。食道がんは、喫煙やアルコールの摂取と密接に関係していることが分かっているので、こういった生活習慣とはどう関係するのだろう。食道がんの人のグループにも、その対照群となったグループにも、喫煙者や日常的に飲酒する人が混じっていたわけだが、バイオバンク・ジャパンでは、喫煙量、飲酒量についての情報も調べられている。また、健康な人の対照群でも、それはきちんと聞いている。そこで、これらを切り分けて検討すると、衝撃的な結果が導かれた。

「2つのハイリスクな遺伝子型に加えて、飲酒、喫煙をしている人は、まったくそれらの要素がない人よりも、189倍もリスクが高かったんです。これは驚くべき数字です。逆にこういった遺伝情報があらかじめ分かれば、禁煙、禁酒をすることで10分の1以下にリスクが減るとも言えるわけです。そして、きちんと定期検診を受けて早期発見することにも繋がります」

 がんにせよほかの病気にせよ、何かの因子について、それが複合的なものであったとしても、100倍を超えるようなリスクの比は、そう簡単にはお目にかかれない。本当に驚くべき内容であり、また、現実世界での対策に役に立てるべき知見だと思う。

アルコールと喫煙と2つのSNPを含めた解析を行った結果、全ての危険因子を持たない人に比べ、4つとも危険因子を持つ人では、189倍もリスクが高かったことが明らかになった。(画像提供:松田浩一)
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つづく

松田浩一(まつだ こういち)

1969年、大阪生まれ。東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野 教授。M.D., Ph.D. 1994年、東京大学医学部医学科卒業後、整形外科医の勤務経験を積んだのち、基礎研究を志して1999年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻に入学。2003年に米国ベイラー医科大学研究員になり、博士号も取得。2004年、東京大学医科学研究所、ヒトゲノム解析センター助手に就任。2009年に准教授になり、2015年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「「「秘密基地からハッシン!」」」を配信中。

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