第1回 一人ひとりに最適な医療を届ける「精密医療」とは

 たしかに●●病になりやすいと分かっていれば、予防のためにいろいろ気をつけられるし、また定期的に検診を受けるモチベーションになるだろう。自分ががんになりやすいかどうかなど知りたくないという人もいると思うが、知ったら知ったなりの対処法があるというのがポイントだ。

 さらに、いざ病気になった時に治療法も最適なものを選べるようになるというのはどういうことだろう。

「個別化医療」や「オーダーメイド医療」といった呼び方もされる「精密医療」。一人ひとりに最適な治療法も選べるようになるという。
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「薬の選び方などがよい例だと思います。現状では、7割の人に効くけれども3割の人には効かないような薬Aと、5割の人に効いて5割の人に効かない薬Bなら、お医者さんは最初に薬Aを選びます。でも、副作用が強く出たり、そもそも効かなかったりすると、Bを試してみるわけです。でも、患者さんの遺伝子タイプで効く人、効かない人、副作用が出る人、出ない人、というのが事前に分かれば、これまで医師のさじ加減だったものが、最初から根拠をもって選べるわけです」

 なお、研究の材料となるゲノムについて、松田さんが(というか、バイオバンク・ジャパンが)主に扱っているのは「パーソナルゲノム」と呼ばれるものだ。それに対して「がんゲノム」を対象にする研究もある。違いはというと、人の健康な細胞のゲノムを見るか、がん細胞のゲノムを見るかだ。がん細胞は、もともと通常の健康な細胞だったものに異常が蓄積されてがん化したものだから、健康な細胞のゲノム(パーソナルゲノム)とは微妙に違っている。そして違う部分を見つけて、このタイプの変異を持つがんにはこの薬が効くといった知識を確立していくことができる。また、違いをもとに、そのタイプのがん細胞のみを選んで攻撃する薬を見出せることもある。叩くべき敵を知る(がんゲノムを調べる)ことは、がんの治療法の探求において有力なアプローチだ。

 このような違いを踏まえた上で、松田さんが一番深くかかわってきたパーソナルゲノムの話から次回は進めていこう。

 キーワードとしては、SNP(スニップ)、一塩基多型。

 この不思議なワードの解説をしてもらいつつ、精密医療の世界へと踏み込もう。

精密医療の実現には、バイオバンクに保管されるDNA試料が大きな鍵を握っている。
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つづく

松田浩一(まつだ こういち)

1969年、大阪生まれ。東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野 教授。M.D., Ph.D. 1994年、東京大学医学部医学科卒業後、整形外科医の勤務経験を積んだのち、基礎研究を志して1999年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻に入学。2003年に米国ベイラー医科大学研究員になり、博士号も取得。2004年、東京大学医科学研究所、ヒトゲノム解析センター助手に就任。2009年に准教授になり、2015年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「「「秘密基地からハッシン!」」」を配信中。