第1回 一人ひとりに最適な医療を届ける「精密医療」とは

 単純に集めた数がすごいというのはもちろんなのだが、DNA、血清、そして、詳細に更新され続ける臨床的な情報までをきちんと紐づけて利用できるように、すべての参加者から「インフォームドコンセント」を取るという部分に手間をかけているのである。

 それでは、このバイオバンク・ジャパンの試料は、どんなふうに利用されているのだろうか。目標である「精密医療」(松田さんたちの言葉ではオーダーメイド医療)を実現するためにはどんな研究が必要なのか、研究者としてバイオバンク・ジャパンのユーザーであり、現在は管理者でもある松田さんに順を追って聞いていこう。

 DNA保管庫から少し離れたところにある会議室で、松田さんは「事始め」の部分から説き起こした。

27万人分のDNAを保管する「バイオバンク・ジャパン」の運営に携わる松田浩一さん。
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「ヒトゲノム計画というものが20世紀の終わりにありまして、2000年にヒトのDNA配列、つまり遺伝情報の『ドラフトシークエンス』が出ました。とりあえず全部読んだけれど、まだ完全ではない状態です。それを世界中の研究者が協力して完全なものにして、ヒトゲノム計画が完了したのが2003年です。とにかく読めるんだということが分かって、ただ、その遺伝暗号がどういう意味を持っているかはまだよく分かっていないというのが当時の状態でした。バイオバイク・ジャパンの第1コホートが始まったのはまさに2003年です。まだ日本の医学研究では、一つひとつの遺伝子の機能を細胞やノックアウトマウス(※)などを用いて丹念に調べる分子生物学的なアプローチが中心になっている時代で、網羅的にDNAの情報を調べるというゲノム研究で本当に成果があがるのか疑問視する人もいました。立ち上げた中村祐輔先生(当時、医科研。国立がん研究センター研究所所長、米シカゴ大個別化医療センター副センター長などを歴任)からは、運営や維持に苦労されたと聞いています」

 今でこそゲノム医療というときらびやかな響きを感じるし、基礎研究でも「DNA」やら「遺伝子」やらが絡むものはごく普通になっている。しかし、21世紀のはじめはそれは主流ではなかったどころか、意義すら疑問視されていたというのである。隔世の感がある。

「今はいろんな情報が集積されてきて、研究レベルではいろんなことが分かってきています。たとえば、様々ながんですとか、心筋梗塞、糖尿病といった病気の人がどんな遺伝子タイプを持っているか、データが蓄積されてきているんです。そういうことが分かれば、まだ病気になっていない時点でも、予防のための生活指導や、早期発見のための検診ができますよね。そして万が一病気が見つかった場合は、適切な治療法を選べるような研究が進んでいます。いわゆる精密治療、"precision medicine"といわれるものを、我々はオーダーメイド医療と呼んでいまして、予防も検査も治療も、個人の遺伝情報の違いに応じて最適なものを選べるようにできればと考えているんです」

※特定の遺伝子の機能を消失させたマウス