第4回 なんと「人工宇宙」とアルマ望遠鏡を実験室に再現!

「ドレイクの式ってご存知ですよね。私、あの式に化学進化の側面が入っていないことが気になっているんです」

 ドレイクの式というのは、アメリカの電波天文学者フランク・ドレイクが、この宇宙にどれくらい知的生命体がいるのかということを見積もるために提唱したものだ。もとはというと、電波による地球外知的生命体探し、いわゆるSETIの妥当性を考えるための計算式である。

 これまで、坂井さんとの対話の中では、あくまで原始星の化学組成という面を中心に伺ってきた。もちろん、それが生命の誕生につながっていることは意識しつつも、知的異星人を標的にしたSETIまでは思いいたらなかった。しかし、考えてみれば、ドレイクの式は、何も知的生命専用というわけではない。最近では、宇宙の生命の起源を問う宇宙生物学の研究者が言及することもある。さらにいえば、坂井さんは電波天文学の研究者なので、そういう意味ではドレイクの同業者だ。

 坂井さんがこの話題に言及したことで、ぼくの中で何かが、それこそ「化学反応」を起こした。原始星の化学組成の話は生命の起源に関係している話であり、つまり、ヒトのような知的生命の誕生にいたる長い道筋のすべてに関係しているのだ、と。坂井さんが言う宇宙の化学進化や星々の系統樹は、その先に、地球の生命進化の系統樹をそのまま接続できるものだ。時間スケールも空間スケールも違うけれど、地球の生命進化は宇宙の進化の一部だ。

 そのような目でドレイクの式を見てみる。

 ドレイクは同じ銀河系の中に交信しうる知的生命がどれくらいいるか見積もりたかったので、鍵となる7つの変数を列挙して、それらをかけ合わせた。7つの変数というのは、「この銀河系の中で1年間に誕生する恒星の数」や「ひとつの恒星が惑星系を持つ割合」「その中で生命の存在が可能な状態の惑星の数」「そこで実際に生命が発生する割合」……等々だ。

 ここでたとえば、「生命の存在が可能な状態の惑星の数」は、単に液体の水が存在できる(ハビタブルゾーン)かどうかを考えることが多く、その惑星の化学組成はまったく問題にされていない。

「私は、化学進化の側面って、すごく重要なところだと思っています。たとえば、水がどれだけあって、大気がどんな組成でどれだけあるかといった違いで、惑星が温室効果ガスによってまったく別の環境になりうるわけです。じゃあ、原始星の段階で見つかった炭素鎖分子みたいなものが、のちのちに惑星ができる時に残っていて影響を与えるかというのは、まさにこれから見ていかなければならないところなんですけど、今、私の考えでは、かなり影響があるんじゃないかと思っています。これは、スペキュレーション、つまり、あてずっぽうで、科学的な根拠はまだないレベルですが。でも、予想が外れたら、それはまた楽しいんですよ」

 坂井さんがこれまでの研究で何度も経験したように、予想とは違う観測が出てきた時というのは、しばしば、新たな発見の瞬間だ。

 生命進化の根っこにある化学進化という大きな幹を、坂井さんがどこまでたどってつなぐことができるのか。わくわくする気持ちを隠すことなく語る坂井さんの熱がぼくにも乗り移ってきた。

つづく

坂井南美(さかい なみ)

1980年、高知県生まれ。理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員。博士(理学)。2004年、早稲田大学理工学部物理学科を卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、助教に就任。2015年、理化学研究所准主任研究員、2017年より現職。2009年に優れた博士論文を提出した研究者に贈られる井上研究奨励賞を、2013年に日本天文学会 研究奨励賞を受賞。2019年には文部科学省の科学技術・学術政策研究所による「ナイスステップな研究者」に選ばれた。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。