第4回 なんと「人工宇宙」とアルマ望遠鏡を実験室に再現!

 実験室に滞在したのはほんの10分ほどだ。

 多人数が歩きまわると、その振動や熱量、スマホなど電子機器の発するノイズなどが実験のデータに悪い影響を及ぼす可能性があるそうで、ぼくたちは早々に撤収して、坂井さんの居室に戻った。

 分子分光学の装置を見たはずが、実は、電波天文観測のミニマムな形を見せてもらったようでもあって、それまでうかがった話がさらに見通しよく理解できたような気がした。

 そこで、最後に、今後、坂井さんはどんなところを目指していくのか長期的なビジョンをまとめてもらった。

 坂井さんは、ちょっと考えるような仕草をした後で、意外なことを口にした。

今後の長期的なビジョンは?
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「19世紀の生物学者、エルンスト・ヘッケルが描いた生命の樹形図(系統樹)というのがありますよね」

 ヘッケルは、偉大な解剖学者で、ダーウィンの進化論の熱心な擁護者だった人物だ。絵画的な才能に恵まれており、植物や、放散虫や珪藻類などを描いた細密な生物画をたくさん残している。それらは模写したものが美術品として壁に飾られていることもある水準なので、目にしたことがある人も多いはずだ。そんなヘッケルは、生き物の進化の道筋を樹木のように見立て、枝分かれしていく様を描く系統樹を普及させたことでも知られる。

 天文学者の坂井さんの口からそのヘッケルの名が出てきたというのは、やはり化学進化にも、生命進化に似た部分があるというところだろうか。この点、本当に印象的だったので、冒頭に紹介した次第だ。それを繰り返そう。

「生命の進化って、環境の影響などを受けて、枝分かれしながら続いてきたわけですよね。私は、同じようなことが、宇宙、太陽系のようなものでも言えると思っています。何かしらのきっかけがあって、違った性質の星や惑星が、枝分かれしていくんです。その1つは、有機分子が飽和か不飽和かというところで大枝が分かれているんだと思うんですけど、その他にも、たとえば硫黄がちょっと多い天体とか、窒素がちょっと多い天体だとか、いろんなものがあって、結果、様々な星や惑星系が生まれてきているんじゃないかというふうにも思うんですよね」

 本当に、原始星段階での化学的な組成がのちのちの惑星系の形成にどんなふうに効いてくるのかまだまだまったくの謎と言ってよい。生命の系統樹のように、星々の系統樹、化学組成の系統樹、があって、どのルートをたどったものが生命を育みうるのかというのは、「宇宙のはじまり」にも負けない究極のテーマだろう。

 今のところ、坂井さんの見立ては、「地球で生命が生まれたのは、結構、奇跡的だと思っています」とのこと。宇宙的にめったに起きそうにもないことが、この太陽系で起きたのではないか、と。

 ここで坂井さんの口から、ぼくとしてはさらに意外な言葉が飛び出した。