「70年代後半からは、風俗産業で働くアジア出身女性の姿を見かけるようになります。『唐ゆきさん』(日本がまだ貧しかった時代に、海外に渡った日本人女性)にならって、『ジャパゆきさん』などと呼ばれましたが、東南アジア出身女性に対する歪んだイメージを与えることにもなりました。騙されて来日した人も多かったことも問題です。その後、バブル景気の労働力不足のなか、アジア各国からの男性労働者が急増します。日本が本格的な外国人労働者受け入れ国になっていく時代です。彼らのほとんどが合法的な就労資格をもっていなかったのですが、当時は『ジャパゆきくん』と呼ばれることもありました」

 多くの外国人が日本に住んで働くようになると、国際結婚も多くなる。特に「ジャパゆきさん」たちは接客を通じて日本人男性と知りあう立場だったので、日本人男性と結婚したり、シングルマザーとして日本人の子を生み、養育するようになったケースも多い。さらにいえば、日本人配偶者が見つからない農村の男性のもとに、アジア各国から結婚のためにやって来た「農村花嫁」の存在も80年代後半以降、増えていく……。

 20世紀中の経緯をこのあたりまでたどったところで、いったん「年代記」を中断する。

 というのも、ちょっとした注意喚起をしたいからだ。

 こういった時期に日本にやってきて定着した人の子どもたちは、今、本稿を読んでいるであろう成人した日本語話者にとって、ともに同じ社会の中で成長してきた隣人であり仲間だからだ。それどころか、まさに「その人」も読者にはいるだろう。

 歴史的な経緯を聞くつもりで、実際に「残留孤児」や「インドシナ難民」や「シャパゆきさん」など、最近、聞くことが少なくなっていた言葉を再確認しつつ、ふと気づいた。言葉を聞かなくなったからといって、彼ら彼女らや、その子どもたちは、いなくなったわけではない。それどころか、あれ以来、ずっといるのであって、「ぼくたち」の中の確固とした一部なのだ、と。

「学生の中にも中国帰国者の3世の子とかいますし、インドシナ難民の子も小中学生ならほぼ3世です。学生には、異なる背景をもつ人と出会うことを大事にしてほしいので、そういった友だちに出会ったときに、彼女とか彼のことが理解でき、本人たちも自信を持って自分のことを伝えられるようにできればと思っています。それで、どんな背景があってやってきた人たちがいるのかを伝えるようにしてます」

 ただし、本人が自分のルーツを明らかにしたくない場合もある。

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