今は恐竜研究者として、すでに博士になり、大学や博物館に職を得ている人たちが、それぞれ自分の研究対象の恐竜の化石の前で、なにか計測していたり、ノートにスケッチしていたり、パソコンで論文を読みながら見比べていたり、ただひたすらぼーっと見つめていたり、という光景が繰り広げられていた。

 また別の日に当時は新宿区百人町の分館にあった研究室(今はつくば市に移転)を訪ねると、まさに学生指導の現場という雰囲気で若い人たちが出入りする「真鍋研究室」が営まれていた。週に5日、真鍋さんのところに通い、本籍の大学にはたまにしか行かないという人も1人や2人ではなかったから、実質的に修士、博士の指導が行われていたように見えた。

現在の常設展。向こうからやってくるトリケラトプス(右奥)をティラノサウルス(左手前)が待ち伏せしている様子が復元されている。
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「まあ、指導していたと言うよりは、一緒に論文読んだり、いろんなアドバイスしたりですね。特に正式な師弟関係とか、公的な肩書とかつながりがあるわけじゃありませんし。強いて言えば、その学生さんたちの博士論文を審査するときに、外部審査員に加わるのが公的なかかわりでした。うちに来てて、博士になった人の外部審査員には、僕はだいたいなっているんじゃないかな」

 と真鍋さんは謙遜するのだが、この時期に「真鍋研究室」に通う学生だった人の多くは、ぼくが知る限り、正式な指導教官に加えて、真鍋さんの存在をとても大きく感じていた。あくまで、ぼくが知っている人の範囲内ということだが。

 というわけで、その頃の真鍋さんの印象(ぼくにとっては、はじめてお会いした頃の印象)は、「苗木を大切に育てる人」だった。

 今、苗木はそれぞれ豊かに育ち、各地で大きく枝を伸ばしている。恐竜、あるいは、古脊椎動物の進化をめぐって、ぼくたちの社会が持っている文化を支えつつ、また、先端の研究を推し進める立場に立っているのである。そういう人々を育てることは、科博のようないつもみんなの中心にある施設にとって、まさに「本望」なのではないかと思う。

つづく

真鍋真(まなべ まこと)

1959年、東京都生まれ。国立科学博物館 標本資料センター長・コレクションディレクター、分子生物多様性研究資料センター長。博士(Ph.D)。恐竜など中生代の化石から読み解く爬虫類、鳥類の進化を主な研究テーマとする。1984年、横浜国立大学教育学部卒業。同大学院修士課程を86年に修了後、米イエール大学院修士課程を経て、94年、英ブリストル大学理学部地質学科で博士号(Ph.D)を取得。同年に国立科学博物館地学研究部に勤務し、地学研究部生命進化史研究グループ長などを務めた後、2016年4月より現職。『恐竜博士のめまぐるしくも愉快な日常』(ブックマン社)『恐竜の魅せ方 展示の舞台裏を知ればもっと楽しい』(CCCメディアハウス)『深読み! 絵本『せいめいのれきし』』(岩波科学ライブラリー)『大人のための恐竜教室』(共著、ウェッジ)など著書多数。『せいめいのれきし 改訂版』(監修、岩波書店)など、監修も多くて手掛けている。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』 (ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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