本当に穏やかに、飄々とした雰囲気で語る。言われてみれば、なるほど、と思う。真鍋さんは、常に洗練された物腰で、ガツガツとしたところを見せない。恐竜をはじめ古生物について問えば滔々と語ってくれるけれど、だからといって、決して「子どもの頃からの夢を叶えました!」というふうでもないのである。

 ならば、ますます興味があるではないか。スロースターターだった真鍋さんが、今、最先端でハブになるような仕事を続けていくことになるまでについて。

恐竜少年ではなかったと聞けば、ますます興味が湧く。
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「恐竜少年でなければ、生き物好きの子だったんでしょう? とも聞かれますけど、それもあやしいです。昔の子って、夏休みの宿題に昆虫採集して、セミやカブトムシを箱に入れて学校に持っていくっていうのが当たり前でしたよね。だから、夏休みになると必ず何か生き物にかかわってるみたいなところはありましたけど、ちゃんと飼育して詳細に観察したりってことはなかったですね」

 真鍋さんは昭和の小学生によく見られた標準的な光景を描写しつつ、しかし、ふと「そういえば」というふうな表情を浮かべた。

「一方で、こんな話もあります。僕が科博に勤めてから、高校の同級生の妹さんでライターをやっている人がいて、取材に来たんですよ。で、『真鍋さん、恐竜好きじゃなかったとか言いますが、それは違います。私には明確な記憶があって、うちの兄と真鍋さんが恐竜について熱く語っているのを隣で聞いてました。その後、何十年かたって、真鍋さんがこの仕事をしているのに気づいて、あ、あのときの真鍋さんだと思って感激したんです。真鍋さんは忘れてるだけです』と」

 ちなみに、その時の話題は、「恐竜の色」だったそうだ。ライターさんの兄が「恐竜の色などわかるはずがない」というのに対して、真鍋さんが「そんなふうに決めつけないほうがいいよ」と言っていたのだとか。

 それを聞いて、ぼくは、「真鍋さんが少年時代、恐竜を好きだったかどうか」ということよりも、何事もこうだと決めつけずに俯瞰してみようという部分が、たしかに真鍋さんらしいと思った。なお、恐竜ファンはご存知の通り、今、一部の恐竜の化石には色素を持つメラノソームという細胞の小器官が保存されていることが分かり、体色を復元する手がかりにできるようになった。21世紀になってからの発見だ。そして、発見者の一人である、マイク・ベントン博士(ブリストル大学)は、真鍋さんの博士研究の指導教官だったという縁もある。

 さて、いずれにしても真鍋さんの関心はこの時点で、生き物にも恐竜にもそれほど向かっていたわけではなく、実際に化石と出会うのは大学生になってからだ。

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