真鍋さんについては、20世紀末から21世紀の今に至るまで、「科博の恐竜の先生」(前所属は、地学研究部生命進化史研究グループ)として獅子奮迅の活躍を続けている人物なので、恐竜ファンには「名前と顔が一致する」レベルでよく知られている。ぼくも、これまで小説の執筆などでお世話になったことがあり、定期的に様々なイベントで顔を合わせる機会はあるものの、ふと考えるとかれこれ15年以上じっくりとお話を聞く機会がなかった。その間、恐竜学にはどんな進展があったのか興味津々だ。

 さて、今回、真鍋さんを訪ねたのは上野にある国立科学博物館で、それも、休館日の月曜日の午後だった。来館者がいないので常設展(「恐竜博2019」の展示はまだできていなかった。念の為)の中で、つまり、ティラノサウルスやアパトサウルスやステゴサウルスに囲まれて、ほぼ3時間じっくりとお話をうかがうことができた。

国立科学博物館の標本資料センター長の真鍋真さん。
国立科学博物館の標本資料センター長の真鍋真さん。
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 恐竜博という、わかり易く構成された「上澄み」の背景には、どんな恐竜学の基幹的な知識があるのだろうか、というふうにぼくは問いかけた。必ずしも、今回の展示に直接かかわらなくてもいいので、その背景にあるものを真鍋さんの関心で語ってくださいとも注釈した。すると、まずは本当に、直接関係がなさそうな(しかし、まわりまわって関係ある)テーマを、朗らかかつ穏やかな口調で提示していただいた。

「みなさん、恐竜が絶滅したのは隕石がぶつかったからだという話を聞いたことがあると思うんです。つまり、白亜紀はどういうふうに終わったか、恐竜はどんなふうに絶滅したかという話です。長年、論争があったんですが、2010年頃から、やはり、一番の原因といえるのは隕石衝突だったのだろうというコンセンサスが得られてきました。となると、今まで一番いいデータがある北アメリカを中心にしていた議論から、じゃあそれ以外ではどうなんだという形で関心が広がってきました。それで僕たちは、アジアで白亜紀末に何がどう変わったのか、もうちょっと深く掘り下げられればいいなと思っているところですね」

 恐竜が絶滅したのは、白亜紀末の6600万年前だとされる。この時期になにが起きたのかというのは、研究者の関心も世間の関心も集める重要なテーマだ。一方で、ぼくが知っている頃の真鍋さんの研究は、もっと時代をさかのぼって、ジュラ紀と白亜紀の境目あたり(1億3000万年前くらい)をめぐることだった。日本ではじめてまとまった数の恐竜の化石が出てきた手取層群(福井県、石川県、岐阜県、富山県に分布する地層)からの発掘で、当時の古生態を考えるというようなものだったと記憶している。特に、石川県白山市にある「桑島の化石壁」と呼ばれる崖から出てくる化石を小さなものも含めて網羅的に調べ、動物相、植物相にどんな多様性があったのか再現した研究プロジェクトは、真鍋さんをはじめとする研究者、自治体、地元の人々の鮮やかな連携ぶりが印象的で、古生物研究の1つのモデルケースにすらなるものだとぼくは感じた。

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