新型コロナ、クラスター対策と「8割減」の本当の意味

「リスクコミュニケーションの専門家からの提案に従って出したのであろう介入効果の予測グラフを深読みして、それがすべてであるかのような批判を見ますが、完全に的外れだと思います。あの背景にもっと緻密なデータに基づいたモデルが構築されていることは、これまで対策班の構成員が発表してきた論文を見れば当然分かるはずなんです。夜の街のなかなか接触を減らせない人たちがいて、さらに病院クラスター、介護施設クラスター、デイサービスクラスターなども、接触を減らせないとしたら、他をどれだけ減らさなきゃいけないかを考えているんですよね。それが、今は8割減らさなくちゃダメなんだという計算なんだと思います」

8割減の意図を示した介入効果の予測グラフ。
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 ぼくも西浦さんや押谷さんの仕事を、それこそSARSの後から15年以上にわたり見聞きする機会があり、中澤さんと同じ感覚だ。しかし、今、対策班のメンバーが現状分析と政府への提言の作業で手一杯で、論文として発表したり(査読を経るため、世界の同業者のチェックを受けられるメリットがあり、望ましいと思う)、あるいは、専門的な情報公開サイトを作って一貫した情報開示を行う余力もない。これは、イギリスでは、インペリアル・カレッジ・ロンドンのグループが中心になってウェブサイト上に矢継ぎ早に新しい分析を公表し続けていることや、アメリカでもハーバード大学のチームを中心に、理論疫学系の論文が出されていることと対照的だ。北海道大学の西浦さんのチームは初期、欧米勢に負けないスピードで分析し、論文を出していたものの、西浦さん自身が対策班入りしてからは、かなり論文生産速度が落ちた。この層の薄さは、実に悩ましい。学術行政の失敗だという声もある。

 また、対策班が置かれている立場というのも「微妙」である。事実上、手弁当、ボランティアで集まっている専門家たちに依存せざるを得ず、また、そうすることが、今、とりうる最良の手立てであるというのも何かがおかしい。しかし、そうも言っていられないので、議論を進める。

「この8割の接触減という対策は、最悪のケースを想定しているという意味で合理的です。ただ、僕が思っていることは、第2波で大量の感染者が入ったとすると、その人たちから見えないクラスターができなくても、同時進行的にランダムリンクの感染があって1人から1人かそれ以下に感染させるだけでも、一時的に感染者が増えるということは当然ありますよね。もしもそっちの効果がその時には大きかったのだとしたら、それはRが1以下なので自然と消えて、8割接触を減らさなくてもいいシナリオもあります。ここは最悪の方をとるべきなので、やりすぎだという話ではありませんが」

 この件について、中澤さんの「混合分布」説が現実に近いか、対策班のクラスター感染説が現実に近いかは、もう少したつと分かってくるだろう。そもそもクラスター対策班が、中澤さんが言う混合分布を考慮していないはずがないから、結局、どんな重み付けをすると現実に近いモデルになって、よりよく予想ができるようになるかという話だ。

 そして、そろそろ考えなければならないのは、緊急事態宣言が解除された後のことだ。早目に都市のロックダウンを始めた欧米ではすでに解除を模索する動きが加速している。日本でも、本稿の時点では、39県ですでに緊急事態宣言を解除、8都道府県でのみ継続中だ。多くの人が理解しているであろう通り、いったん解除されたとしても、その後、すべてがすぐに元通りになるわけではない。では、どのようなことが予測されるのか、次回以降、考察してみよう。

つづく

2020.05.19

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中澤港(なかざわ みなと)

1964年、東京都生まれ。神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域/国際保健学分野教授。神戸大学大学院国際協力研究科教授を兼務。博士(保健学)。専門分野は公衆衛生学、国際保健学、人類生態学、人口学。1988年、東京大学医学部保健学科を卒業後、同大学院医学系研究科保健学専攻に進み、1992年に博士課程を中退して同人類生態学助手に就任。在任中に論文博士を取得し、山口県立大学看護学部助教授、群馬大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2012年より神戸大学大学院保健学研究科教授を務める。『人間の生態学』(朝倉書店)『わかる公衆衛生学・たのしい公衆衛生学』(弘文堂)などの共著では感染症の章を担当した。日誌的なメモ「鐵人三國誌」やツイッターアカウント@MinatoNakazawaでもCOVID-19を読み解くヒントを発信している。

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本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
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