新型コロナPCR検査の状況を読み解く「3種類の検査目的」

 COVID-19は潜伏期間が長く、また、検査も発症後すぐには行われずに来たので、今感染した人が発症し、検査されて明らかになるまでに2週間のタイムラグがある。だから、2週間前、「検出されていない人たちの方で感染が爆発的に増えているかもしれない」と不安に思った人は、今、検出されている人たちのグラフの傾きが変わっていないなら、あるいは傾きが緩やかになったなら、「杞憂だった」と思ってよいだろう。実際には欧米並みのRなのに、見かけ上、この緩やかな傾きを維持するというのは長期的にはありえないことだ。一方で、今この瞬間、同じ不安を持った場合の答え合わせができるのは2週間後、ということになる。

 以上のことを理解した後で、あらためて「日本の検査数が欧米より少ないのは感染者が少なかったから」という言明を読み直してみると、少し分かってきた気がする。

 中澤さんが言っているのは、検査が少なかったからといって、グラフの傾きに大きく影響するような感染集団を見逃し続けるのは長期的にはあり得ないということだ。実は裏で欧米並の感染が起きていたのではないか、というような極端なことは心配しなくてもよい。もしも、そのようなことが起きたなら、明らかに検査が必要な重症患者が次々と見つかって未検査のまま積み上がっていくわけで、なかなか実現しなかった市中のPCR(例えば、大学の研究室などにあるもの)をフル活用するなどして対応せざるをえなかっただろう。しかし、そこまでには至らなかった。

 ただし、だからといって、これまでの検査体制を肯定できるわけではない。検査Aが間に合わずにひどい目にあう人たちが続出したことや、検査Bも十分ではなく飽和しかけたこと(一時、「検査の陽性率が高い」ことを気にする人が多かったと思うのだが、それは検査Bに関しては、超濃厚な接触をした人や症状がある人しか検査できないほど逼迫した時期があったからかもしれない)を織り込んで、対策しなければならない。これまでのところはこれだけの検査体制でも全体像をおおむね見失わずに済んできたことについてほっと胸をなでおろしつつも、次の波でもこんなにヒヤヒヤさせられたり、ひどい目にあう人が続出したりするのはごめんだというのが、ぼくの正直な感想である。

 さいわい、5月4日に行われた専門家会議の記者会見では、これまで検査拡充のボトルネックになってきた部分が特定された。「保健所の業務過多」「入院先を確保するための仕組みの機能不全」「地方衛生研究所のリソース不足」「検体採取者、検体実施者などの感染防護具の圧倒的な不足」「一般医療機関がPCR検査をする際、都道府県と契約が必要な仕組み」「民間検査会社に検体を運ぶための輸送機材の不足」など。 

 これらの中で、検体採集者の感染防護や検体の輸送などは、中澤さんが指摘していたように唾液サンプルを使うことでかなり改善できる部分もありそうだ。しかし、他は行政側で対応してもらわなければどうにもならない要素が多く、改善を切に願う。

 なお、蛇足ながら、ひとつ付け加える。本稿をまとめている5月なかばの時期のように、事態が収束していく局面では、検査Aの検査対象の患者も、検査Bの接触者追跡も減るので、検査数が減るのは自然なことだ。まさに「感染者が少ないから、検査が少ない」のであり、さすがにこの時点で「新規感染者を少なく見せるために検査を絞っている」と考えるのは邪推だと思う。

つづく

2020.05.17

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中澤港(なかざわ みなと)

1964年、東京都生まれ。神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域/国際保健学分野教授。神戸大学大学院国際協力研究科教授を兼務。博士(保健学)。専門分野は公衆衛生学、国際保健学、人類生態学、人口学。1988年、東京大学医学部保健学科を卒業後、同大学院医学系研究科保健学専攻に進み、1992年に博士課程を中退して同人類生態学助手に就任。在任中に論文博士を取得し、山口県立大学看護学部助教授、群馬大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2012年より神戸大学大学院保健学研究科教授を務める。『人間の生態学』(朝倉書店)『わかる公衆衛生学・たのしい公衆衛生学』(弘文堂)などの共著では感染症の章を担当した。日誌的なメモ「鐵人三國誌」やツイッターアカウント@MinatoNakazawaでもCOVID-19を読み解くヒントを発信している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。