最近、知人に「なぜ、再生産なのか」という質問をされたので、それを中澤さんに聞いた。

「これ、もとはというと人口学から来ている概念なんです。人口学では、1人の女性が生涯にもつ女児のうち再生産年齢に達するまで生き延びる人数の期待値を純再生産率(Net Reproduction Rate: NRR)といいますが、これは基本再生産数R0と同じものです。この場合、再生産されるのは女児です。それが感染症疫学では、感染者が再生産されるというイメージです」

 そのように聞くと、今の日本において、人口学的なRは明らかに1を割り込んでいるので、ぼくたちはこのままではいずれ消滅してしまう運命だということに思い至る。なんとかしたいものだが、これはまた別の話である。

きわめて大きい「分散」

 さて、そのような由来を持つ指標R、特に、基本再生産数R0は、その感染症が持っている「素の状態での感染力」だから、とても重要な数字だ。

「SARSのR0は約3です。ただ、これは平均値で、病院や飛行機内といった場所での集団感染では1人の患者からもっと多くの人に感染するので、Rは大きくなります。平均して求めるR0は3でも、実際にはもっと多くうつす人も、少ししかうつさない人もいるということを、分散が大きい、といいます。この概念は後で大事になるので、覚えておいてください」

 SARSのRは約3で、かつ、分散が大きい。

 2003年の流行当時、スーパー・スプレッダー(沢山の人を感染させる人)という言葉がよく聞かれたが、それは、病院、飛行機内などでの環境で、多くの人を感染させた感染者のことだ。また、スーパー・スプレッダーが多くの人に感染させることを指して、スーパー・スプレディング・イベント(しいて訳せば「超ばらまきイベント」)などと呼ぶ。

 一方で、コロナウイルス感染症の中で、致命割合が高いMERS(中東呼吸器症候群)は、院内感染を除き、基本的には、R0が1未満だという。つまり、院内感染には厳重な注意が必要だが、市中での流行は続かない。元祖パンデミックであるスペインかぜにはさまざまな推定値があるが、おおむね2程度、季節性インフルエンザや2009年H1N1インフルエンザは、1.1~1.5だということになっている。また、空気感染する感染力の王、麻しんの場合は、なんと12~18にもなる。飛沫から水分が失われて、飛沫核、ウイルス粒子だけになっても感染力があるため、ただよっているものを吸い込んだだけで感染してしまうがゆえの高い値で、あっという間に集団中に広がりうる。

 では、今、最もぼくたちが知りたいCOVID-19はどうだろう。

「COVID-19のR0は1.4~2.5というのが、武漢のデータに基づくWHOの当初推定(1月23日)でした。その後、モデルや論文によって6.47という高い値が出たこともありますが、今はSARS程度かな、というところです。ただ、特徴として、分散がきわめて大きいんです。これは、西浦さんを含む、3つの研究チームが確認していて、この分散の大きさが、さっきも言いましたが大事な部分です」

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