「COVID-19のIFRを早い時点で推定したのは、やはり西浦さんたちのグループで、これは2月4日の時点で論文(※4)になっています。武漢からチャーター便で日本に帰国した565名の日本人が全員PCR検査を受けたことから感染確認率を求めて、武漢における無症候性感染者も含めた感染者の総数を推定した上で、感染致命割合(IFR)は0.3~0.6パーセントだと結論しました。これは他の研究グループでも別のデータで数字を出して、西浦さんたちよりもやや高い値を報告していますが、桁は同じです」

 このようにして致命割合には、CFRとIFRという二種類があって、それらの性質上、桁が違うことを意識しておかなければならない。さきほど解説してもらった、季節性インフルエンザの関連死、あるいは医療水準が低い国々の状態を考慮した、「拡大版の致命割合」をどう扱うかという問題とあわせて、非常にややこしく、混乱させられる。SNSレベルでは、毎日のように誤解に基づいた発言を見るし(それも医師などの専門家が言っている!)、大きなメディアの報道も時々おかしなことになっている。

とある間違いの事例

 イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのチームが3月30日に「Lancet」誌に発表した論文 (※5)で、感染致命割合(IFR)の中央値を0.657パーセントだとはじき出したときにも、混乱があった。これは西浦論文をほぼ追認する内容だが、一般の受け止めでは、「実はそれほど死なない病気だったようでよかった」というもので、欧米の大メディアでも、「拡大解釈版の致命割合」である0.1パーセント(本来は0.1パーセント未満)と比較することで誤解をまねく内容の報道をしていた。この数字の混乱が世界的に根強いものだと実感した次第だ。

 ここまでの議論を踏まえると、この論文をめぐって、正誤を含む3種類の報道がありえるので、ちょっと書き下してみよう。

1)COVID-19の致命割合は0.657パーセントだ。インフルエンザの場合は0.1パーセント(拡大解釈版のCFR)である。
2)COVID-19の致命割合は0.657パーセントだ。インフルエンザの場合は0.02~0.03パーセント(CFR)である。
3)COVID-19の致命割合は0.657パーセントだ。インフルエンザの場合は0.005~0.01パーセント(IFR:ただしこれは公式の数字ではなく、感染者のうち受診して確定診断が付いた人が1/4~1/3くらいと仮定して中澤さんが出した大雑把な推定)である。

 この中で、数字の比較として正しいのは3)の場合で、これだとCOVID-19の方が、60~100倍も致命割合が高い危険な病気に思える。一方、実際にぼくが大メディアでも確認した1)のような理解だと、致命割合はたかだか数倍だから、「ちょっと重たいインフルエンザ」というイメージになりうる。

 こういったことが積み重なると、まさに「致命的」な誤解につながるかもしれないので、致命割合の話題が出たら、確定した患者の数を分母にしたCFRなのか、見逃されている人を含めた感染者数全体を分母にしたIFRなのかを意識し、インフルエンザと比較されたら「関連死の扱いは?」「医療水準が低い国での致命割合の扱いは?」と意識することが大事だろう。

 さらにもう一点、ニュースで「死亡率」という言葉が使われていたら、それも注意が必要かもしれない。「死亡率」は本来、ある期間の人口あたりの死亡数のことなのだが、致命割合の意味で使われているのをよく見る(もちろん、正しい意味で使われていることもある)。ひたすら混乱要素だらけという印象で、注意喚起しておく。

つづく

2020.05.13

(※4)https://doi.org/10.3390/jcm9020419
(※5)https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30243-7

中澤港(なかざわ みなと)

1964年、東京都生まれ。神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域/国際保健学分野教授。神戸大学大学院国際協力研究科教授を兼務。博士(保健学)。専門分野は公衆衛生学、国際保健学、人類生態学、人口学。1988年、東京大学医学部保健学科を卒業後、同大学院医学系研究科保健学専攻に進み、1992年に博士課程を中退して同人類生態学助手に就任。在任中に論文博士を取得し、山口県立大学看護学部助教授、群馬大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2012年より神戸大学大学院保健学研究科教授を務める。『人間の生態学』(朝倉書店)『わかる公衆衛生学・たのしい公衆衛生学』(弘文堂)などの共著では感染症の章を担当した。日誌的なメモ「鐵人三國誌」やツイッターアカウント@MinatoNakazawaでもCOVID-19を読み解くヒントを発信している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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