まずは、COVID-19の病原体であるSARS-CoV-2とはどんなウイルスなのか。

「人類生態学のひとつのテーマに、人類と病原体の共進化というものがあって、新興感染症については常にアンテナを張っています。そういった関心の範囲内での話になりますが──」と断った上で、中澤さんは概説してくれた。

「コロナウイルスはいわゆるRNAウイルスの一種で、これまで7種類、ヒトに感染するものが知られています。7種類のうち4種類は、いわゆる風邪のウイルスです。残りの3つが、SARS-CoV、MERS-CoV、そして、いま流行中のSARS-CoV-2です。それぞれ、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、そしてCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)を引き起こすものです」

MERS-CoVの電子顕微鏡画像。
MERS-CoVの電子顕微鏡画像。
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 ここで面白いことに気づく、SARSもMERSも、重篤な症状に着目した名前だが、COVID-19はウイルスに着目して名付けがされているということだ。SARSの流行の際には、非定型肺炎症状の流行が中国広東省を中心に報告され、あれよあれよという間に周囲に広がっていく中で、まずはその呼吸器症状をもとにした名前が付けられた。病原体の方は、クラミジアだ、マイコプラズマだ、鳥インフルエンザだというふうな推測がなされた後で否定され、最終的には遺伝子解析から新種のコロナウイルスだと確定した。一方、今回のCOVID-19では、日本でも報道されるようになった2020年の正月明け以降、すぐに新型コロナウイルス感染症だといわれるようになり、1月12日には、全ゲノムの塩基配列まで公表された。そこでWHOが命名する際にも、あまり特異的とはいえない症候名よりも、ウイルスに着目したものになったのかもしれない。

「SARSのウイルスと、COVID-19のウイルスSARS-CoV-2のゲノムは80パーセント同じです。コウモリが持っているコロナウイルスの中にはCOVID-19のウイルスとほぼ同じゲノムをもつものがあって、大もとをたどればコウモリ由来であろうとされています。ただ、元々のリザーバー(「病原巣」。「自然宿主」も似た意味で使われる)がコウモリだったのかマレーセンザンコウだったのかは、良くわかっていません」

 SARSのウイルスもコウモリ由来で、当初、ハクビシンがリザーバーだったという話が有力だった。もっとも、その後、研究が進み、今はキクガシラコウモリだとされているようだ。一方で、MERSは、ヒトコブラクダに蔓延する風邪のウイルスが、ヒトに感染したものだと分かっている。こちらも大もとをたどれば、コウモリ由来のコロナウイルスだったとの説がある。

 なお、COVID-19のウイルスが、人工的に作られたものかもしれないという説が、一時、科学者の間でも話題になった。最近はあまり見なくなったものの、それでも陰謀論に傾倒する人もいるようなので、一応聞いた。

「たしかに、1月から2月にかけて、そういう説を唱える人も結構いましたね。例えば、インドの研究者が、SARS-CoV-2には、HIVと同じ遺伝子配列が入ってるから、人工的に組み込んだものじゃないかみたいな発表したのを覚えてますか。でも、その配列は、HIVだけじゃなくて、いろんなウイルスに入っているものだから、HIV起源だということには全くならないと指摘されて、本人も10日もたたないうちに間違ってましたと認めました。今は、コウモリの中にほぼ同じウイルスがある程度広まっていることも分かって、人工のものというのはまず100パーセント否定してよいというのがウイルス学者のコンセンサスだと思いますよ」

 というわけで、人工ウイルス説については考慮しなくてよさそうだ。

 以上、ウイルス学的な背景のほんの一部に触れた。コロナウイルスがどんな形をしており、どんなふうに人体に侵入し、病気を引き起こすかといったメカニズム的な部分も興味深いが本稿の守備範囲ではない。

 そして、次回からCOVID-19の疫学的な特徴に移る。つまり、病原性や感染力といった、今まさに誰もが気になっているはずのことだ。

つづく

2020.05.12

中澤港(なかざわ みなと)

1964年、東京都生まれ。神戸大学大学院保健学研究科パブリックヘルス領域/国際保健学分野教授。神戸大学大学院国際協力研究科教授を兼務。博士(保健学)。専門分野は公衆衛生学、国際保健学、人類生態学、人口学。1988年、東京大学医学部保健学科を卒業後、同大学院医学系研究科保健学専攻に進み、1992年に博士課程を中退して同人類生態学助手に就任。在任中に論文博士を取得し、山口県立大学看護学部助教授、群馬大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2012年より神戸大学大学院保健学研究科教授を務める。『人間の生態学』(朝倉書店)『わかる公衆衛生学・たのしい公衆衛生学』(弘文堂)などの共著では感染症の章を担当した。日誌的なメモ「鐵人三國誌」やツイッターアカウント@MinatoNakazawaでもCOVID-19を読み解くヒントを発信している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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