「だって、診断閾下の人が、結構、愛着障害だって診断されてしまうんです。自閉スペクトラム症の診断がつかないけれど、対人関係やコミュニケーションに問題があるとき、日本ではそういう診断になることが多いんです。これ、以前の『愛情が足りない』説と同じになってしまいますよね。でも、実際は、愛着障害って診断は定義上、ネグレクトを受けたり、養育者がコロコロ変わったりした場合という条件がつくんです。これって、児童精神科医が一生の中で一度も出会わないことだってあるというくらいのものです」

 具体的な事例としては、そもそも愛着理論が提案されるきっかけになった第二次世界大戦後のイギリスの戦災孤児たち、あるいは、1960年代後半のルーマニアの施設で親から引き離されて育った「チャウシェスクの子どもたち」のような事例があてはまるものだという。後者については、チャウシェスク政権が倒れた後にそういった子たちを40歳近くまで追った研究があり、国際養子などでよい家庭環境に入っても、幼い頃に徹底的なネグレクトを受けた層は、のちのち脳の構造にも変化を来して対人関係や職場での機能に影響を及ぼし、うつ、不安などメンタルヘルスに強い影響が出ることが示された。

発達障害を愛着障害とみる誤診が多い、と神尾さんは警鐘を鳴らす。
[画像をタップでギャラリー表示]

 これだけの壮大なネグレクトを前提にしたのが愛着障害であり、今の日本でこれに該当するのはそれほど多くない(決してないわけではない)。にもかかわらず、愛着問題に帰結させて、愛着障害という診断を与えることがかなり多いという。

「自閉症で愛着が問題というのは、結局、親のかかわりで自閉症そのものが治るっていう前提でしょう。でも、自閉症など発達障害は親のかかわりの失敗で発症するものでもないし、親のかかわりだけで治るものではないのはもう何度も強調しました。もちろん適切にかかわれば、付随して起きる情緒や行動の問題を予防したり、発達障害の症状自体を改善することはできるけど、愛着を強めることで治癒というわけにはいきません。発達障害の特性に合わせて適切に対応すれば、結果的に愛着も良い方向に強まります。でも、親が自分が治せるんだと勘違いしたまま一生懸命になりすぎると、前に言いましたけど別の問題が生じることもあります」

 というわけで、神尾さんの目には、日本において「愛着障害」が本来の診断基準を超えて、それこそ濫用されているように映る。なんでもかんでも、愛着で説明しようとしすぎだ、と。実はこれは韓国も似ているそうで、東アジアに共通する背景があるのかもしれない。

 一部の人々が本来の診断基準の主旨からはずれた運用をしているので、現場も当然、混乱する。神尾さんはこんな事例を挙げた。

この連載の前回の
記事を見る