第6回 自閉スペクトラム症を「愛着」の問題で済ませてはいけない

「──臨床の現場で鑑別に悩むという話をよく聞くんです。愛着障害か自閉症か、どちらか分からないで迷っている、と。海外から発達障害の専門家が来ると、必ずフロアでそんな質問する人がいるんですけど、質問された海外の専門家は、何を聞かれているのか分からずにポカーンですよ。後で、あれ、どういう意味? って聞かれます」

「──とある研修会を開催した時、地域のリーダーの方がこんなことをおっしゃるんです。『やっぱり愛着の問題があったら、発達障害の診断はしちゃいけないと思ってやってる。まず愛着を治してから、発達障害の診断をして療育させないと、親は発達障害だってことに逃げちゃって、愛着を育てなくなる』って。それで、もう衝撃を受けたんですけどね」

世界各地での自閉症の受け止められ方を人類学者が記したこの本によれば、韓国でも自閉症は愛着の問題と見誤る例が多いという。神尾さんが翻訳を監修した。
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 これらの発言の背景には、厳密な「鑑別診断」についての強い信念があるように聞こえる。そして、鑑別診断がしにくい場合に「愛着」を持ち出しているというふうにも思う。結局、発達障害がスペクトラムであって、定型発達と連続していることの本当の意味を、日本の臨床現場ではまだこなせていないのかもしれない。

「医師って鑑別診断をするのが仕事だというところがあって、そこにこだわりすぎているかもしれません。もちろん、確定診断しないと治療できないし、診療報酬もつかないし、鑑別診断することはすごく大事なんですが、発達障害では他の種類の発達障害や別の精神疾患との合併もよくあります。だから、鑑別してこっちが正解というのが当てはまるケースよりも、1人の発達障害の人に診断が3つ4つつくほうがずっと多いんです。でも、まだ、それがなかなか定着しないんです。体の病気だと、検査をしてこれだと一つ分かれば、ほかは自然と排除されるけれど、発達障害は全部調べたら全部あるのかもしれない。そして、時期が変われば経過の中で強く出るものが変わっていくこともあるわけです。そういった理解を、今後定着させていかなければならないんです」

 発達障害は多元的で、連続的だ。世界各国の研究でも、日本国内の研究でも、それは示されている。日本の固有の文脈の中で、たとえば、愛着障害という鋭利な刃物を裏返し、あえて鈍器として叩き切るようなことをするのではなく、多元的な連続体としての症候としてとらえたほうがずっと素直だ。

 もちろん、愛情が大切でないはずがない。我が子の特性にあわせて、粘り強く取り組んでいくのは、愛情ゆえだ。とはいえ、そもそも「愛情を注いで愛着を形成する」という目標が誤解に基づくなら、効果が薄いわけで、親は疲弊してしまう。疲弊してしまったら、愛があってもどうにもならなくなる。

 さらに神尾さんは、親と子の関係において、もう一つ大切なことをさらりと付け加えた。