第5回 自閉スペクトラム症の早期支援が大切な理由

「だからまずは、1次予防といって良い環境づくりをすることが大事です。たとえば、現在、京都府で行政もテコ入れしてくれて社会実装している学校プログラムがあるんですが、それは、通常学級で、定型発達の子だけでなく、発達障害の子や、診断閾下の子も含めて、だれもがどこか当てはまることがあるような心の問題に対処するというものなんです。漫画仕立てにして、イライラをどうやって抑えるかとか、不安とどう付き合うかとか、落ち込みやすい人はどうすればいいかとか、いろんな問題を想定しているので、問題を一つに絞ればそういう意味では浅いけれども、関係ないって子がいないように、どの子もどれか当てはまるような内容にしています」

神尾さんたちが京都の通常学級で実施しているプログラムで使う漫画の1例。第10話「苦手なことにちょうせんしよう」より。障害の有無にかかわらず、心の問題に対処する方法を学び、まずは良い環境をつくることが予防になるという。(画像提供:神尾陽子、(c) 2017 Shin-ichi Ishikawa & Yoko Kamio)
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 そのようなプログラムには、実際の効果があるのだろうか。神尾さんたちは、プログラムを実施した京都、岐阜、埼玉の8つの小学校の24通常学級(4~6年生)で効果測定を行った。それらのクラスに在籍する全児童715名のうち、保護者から同意の得られた児童395名を、プログラムの終了直後と3カ月後、2回にわたって評価したところ、定型発達の児童だけでなく、発達障害が疑われる児童も含めてクラス全体で自己効力感が増していたそうだ。また、プログラム直後よりも3カ月後の方がより効果が高く出ることも分かった。さらに、全般的なメンタルヘルス尺度も総じて改善した。学校で子どもたちに直接、メンタルヘルスの問題を乗り越える方法を教えることが、子どもたちの暮らす学級の風土そのものを変え、自閉症傾向があるないにかかわらず(もちろん、診断閾下の子も含め)、過ごしやすい場を作ることに役立ちうるというのが現時点での見解だ。

「次に2次予防があって、それが早期発見と早期対応です。早期発見には効果的なスクリーニングが大切ですが、さらにその後の早期対応の校内および校外の支援体制を整えることも大切です。それで、実は自治体の幼稚園の先生や保健師さんへの研修を始めたんです。例えば東京都練馬区では、幼児の早期発見のシステムを今年度から入れます。保健師さんが発見できるスキルを身につけて、親に適切に説明できるスキルも身につけるのが最初で、でも、そこだけでは終わらないから、どうやって区の中で支援のネットワークをつくるかというのが翌年の課題ですね」

 さらに3次予防というのも考えられており、それはすでに学校にいけなくなった不登校児童生徒が長期的に見て社会的に自立できるのが目標だ(再登校が目標ではない)。「将来生きていくためや仕事に役立つ技術や技能の習得についての相談や手助け」「心の悩み」「自分の気持ちをはっきり表現したり、人とうまくつきあったりする方法についての指導」といったニーズがあることは分かっており、これもやはり医療だけではこなしきれないことが明らだ。医療と教育の連携が、この分野では本当に求められているという。

つづく

神尾陽子(かみお ようこ)

1958年、大阪府生まれ。発達障害クリニック附属発達研究所所長。児童精神科医。医学博士。1983年に京都大学医学部を卒業後、ロンドン大学付属精神医学研究所児童青年精神医学課程を修了。帰国後、京都大学精神神経科の助手、米国コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、2006年から2018年3月まで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部部長を務める。現在は発達障害の臨床研究や教育・医・福祉の多領域連携システムの構築に携わる傍ら、診療活動や学校医および福祉施設の嘱託医を務めている。一般向けに『ウタ・フリスの自閉症入門』(中央法規出版)、『自閉症:ありのままに生きる』(星和書店)などの訳書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。