第5回 自閉スペクトラム症の早期支援が大切な理由

 実際、この園長先生は、発達障害の子を多く見てきたベテランだと思われる。だから、自分なりに症候のイメージが確立していて、逆に診断閾下の子を最初はそれと認識できなかったということかもしれない。これは当の園長だけではなく、とにかく理解に乏しい扱いというのが、診断閾下の子たちにはよく起こりがちだそうだ。

「他のケースでも、普通学級でしんどい思いをしていて、親が通級指導教室を希望したら、学校から『もったいない、こんないい子が何で通級に行かなきゃいけないんですか』って言われちゃったりするそうです。でも、それは、おとなしくしているから先生から見ていい子なわけで、本人はすごく困ってるんです。やっぱり学校とか園って、まだ先生目線で、集団の場にとってやりやすいかどうかで判断されてしまうことがあります。その子がどういう体験をしているかは、なかなかまだ理解されてないですね」

 つまり、診断閾下の子たちは、集団生活になんとかぎりぎり適応しているように見えても、とても無理をしていることがあり、それは既存の学校教育の枠組みでは見逃されがちなのである。

 なお、同じ学校といっても、大学は学生の管理がとても緩やかだ。だからかなり楽かと言うと決してそんなことはなく、朝起きられずに単位を落とすなど「自己責任」ゆえの困難が起きることがある。また、さらに厳しいルールで動くことが要求されるような仕事、例えば成果主義の営業職などに就くと、そこで限界を超えてしまうこともある。

 以上、神尾さん自身が経験したエピソードを中心に、若干、想像によって補いつつ説明してきた。

 では、診断閾下であっても早期発見、早期支援がよい影響を及ぼすことについてよいエビデンスはあるのだろうか。一医師・研究者の実感ではなく、客観性の高い研究があるとより多くの人が確信を持てるのだが。

「まず、海外では、閾下であっても児童期に症状があったら社会的予後はもう全て悪いので、早期対応をすべきだというコホート研究の論文が出ていますね。でも日本では全国レベルでの追跡研究ができていなくて、私自身は、現状から振り返るタイプの『後ろ向き』の研究デザインで見たことがあります。そうしたら、やっぱり大人になってからのQOL(生活の質)が高い人の方は、3歳までに自閉スペクトラム症と診断されていた人の割合が多いんです。知能が高く言語発達が早い人でもそうです。ことばの問題がないのに診断時期が早いというのは、絶対、言葉以外の問題行動があったはずなのに、そうでなかった人よりも予後がいい。早く支援を受けると、家族の理解が早まるから、支援も本人のニーズにフィットしているという結果も出ています。それは愛情がどうこうじゃなくて、本当に子どもが必要としているものを家族が理解するのが大事ということなんです」

 もっとも、現状は「軽度」や「診断閾下」でも後に医学的治療が必要になるような子どもまで早期から対応できるのかという問題が常につきまとう。特に、診断閾下の子は10パーセントくらいいるかもしれないので、すべて(児童期に)医療機関で拾い上げるのは無理だ。それを志したら、もっと治療や支援を必要としている子たちに割けるリソースも削がれてしまうだろう。