自閉スペクトラム症でよく語られる症状には、対人関係やコミュニケーションにまつわることの他に「こだわり」にかかわることもある。また、感覚過敏も大いに関係ある。それぞれについて重い軽いといった尺度があったとすれば、それだけでもう個々人のプロフィールが2次元では済まないことが想像できる。また、そういう意味での多元性のみならず、ADHD(注意欠如・多動性障害)、LD(学習障害)、DCD(発達性運動協調障害)といった、一応、発達障害内の別カテゴリーになっている症状を併発することも多く、そういった意味でも多元的だ。

 さらに、その上、時間的にも変化していく。考えてみれば、「発達」は時間とともに変わることを前提にした概念だ。定型だろうが非定型だろうが、その時その時に出てくる特徴が変わって当たり前だ。それなのに、こういった「時間変化」は見逃されることがあるそうだ。

「1回診断がついたらスタンプを押されたみたいにずっとそのまんまだと理解する親御さんも多くて、言われた診断を学校に伝えて終わりになってしまうこともあります。でも、実はそれがよくないことがあって、例えば小さいときに自閉症と診断されて、その後、言葉も出てきて学校に行くようになると、ADHDの不注意の症状が表に出てくることがあります。それでも、自閉症だという診断で全部その子を理解しようとしちゃったら、あんまり適切じゃないわけです。これは、クリニックの先生だけで全部背負うのは無理で、学校でずっと子どもを見ていて、なにかこれまでとは違う要素が疑われたらクリニックを紹介するとか、そういうシステムがあるべきなんですが、それがないためにちょっと混乱している感じです」

 こういった問題が既存の知見としてあるので、スペクトルが1次元であると考えることも、一度決まったらずっと同じだと考えることも危険だということだ。

 するとおのずと素朴な疑問が湧いてくる。

 さきほどの分布の曲線の中では、定型発達と判断されたお子さんは、そのままずっと「定型」側なのだろうか。たとえば、スコアのトップ2.5%くらいが「自閉スペクトラム症」と診断されるとして、それよりも少しだけスコアが下の子たちはどうだろう。やはり多少の困難は抱えていて苦労しているけれど、表からは見えないだけなのだろうか。将来、発達の別段階を迎えたり、環境が変わったりした時に、行動も変わり、診断を受けて治療や支援を要する側になることはないのだろうか。

 非常に素朴な、だれでも考えそうな問いであるけれど、奥深い問題を含んでおり、神尾さんが今力を注いでいるのは、まさにそういった「診断閾下(いきか)」(サブクリニカル)の存在なのだった。

つづく

神尾陽子(かみお ようこ)

1958年、大阪府生まれ。発達障害クリニック附属発達研究所所長。児童精神科医。医学博士。1983年に京都大学医学部を卒業後、ロンドン大学付属精神医学研究所児童青年精神医学課程を修了。帰国後、京都大学精神神経科の助手、米国コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、2006年から2018年3月まで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部部長を務める。現在は発達障害の臨床研究や教育・医・福祉の多領域連携システムの構築に携わる傍ら、診療活動や学校医および福祉施設の嘱託医を務めている。一般向けに『ウタ・フリスの自閉症入門』(中央法規出版)、『自閉症:ありのままに生きる』(星和書店)などの訳書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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