第3回 病院の外で見つけた自閉スペクトラム症への「最適な取り組み」

「私がそもそも医学部に行こうと思った背景は、高校生の時に、脳や心に関する本を読んで、すごく面白かったというのがあります。こういった研究をどこでやれるかというと、心理学かな、医学部かなと思ったけど、当時、『女性研究者の今』とかいう連載が新聞にあって、女性研究者は、男性の後輩がどんどん偉くなっても本人はアシスタントのままだなんて書いてありました。これじゃ、やっぱり資格がないとまずいかなと医学部に入って、最初の関心のまま、精神科に行きました。精神科、特に子どもっていうのはまだ全然研究されていなかったから、これだったら何かちょっと変えられるかもしれないし、面白いことができるかもしれないと思って。その選択は一度も後悔したことはないです」

1990年代以降、「自閉症」の概念や治療や支援は大きく変化したという。
[画像のクリックで拡大表示]

 大学を卒業し、大学病院や総合病院での研修の後、京都の自治体の診療所での臨床の実務にあたる。診断をして治療する中で、神尾さんの心を捉えたのは、自閉症の子どもたちの認知の問題だ。診断は行動を見て行うものだが、その背景には認知の問題がよこたわっている。

「自閉症の子が特有の行動をする時に、認知がどうなっているか調べれば、情報処理の流れの中でどこがうまくいっていなくて、捉えられていないからこういう特徴的な行動になるんじゃないかと、わりと対策につながるような仮説を立てられるんです。認知研究は当時の最先端でしたし、対策につながる仮説を立てられるのが魅力的でした」

 1990年代は、ゲノム科学の興隆前夜で、機能的MRIなどを使った脳機能研究は興隆期に入ったところだった。もっとも、神尾さんが駆け出しの研究者として行った認知研究は、当時の最先端機器だったMRIを使うのではなく、伝統的な心理物理学的な手法(与えたタスクに対する反応を物理的な指標で見る手法)で、自閉症の認知メカニズムを探るものだった。よく引用された研究には、こんなものがある。

「自閉症者の言語、というテーマでした。自閉症やアスペルガー症候群の人は(高い言語力を身につけても日常会話がうまくできないのは)自然な連想があんまりうまくいってないんだろうという仮説を立てて、それを検証しました。この仮説の背景には、統合失調症の人は連想が過剰に進みすぎているから支離滅裂なことを言うのではないかという別の有力な仮説があって、じゃあ、自閉症の人は知識がいっぱいあっても、自然な連想が出ないから自然にふるまえないんだろうかというところから始まっているんです」

 連想にかかわる刺激を与えて、反応時間を測る。この場合、測定する物理量は時間ということになる。