第2回 これほど違う自閉症の現れ方、3歳男児と4歳女児の例

「幼稚園や保育園によっては『いや、この子は、全然、遅れはないし、発達障害じゃない』と言われたり、やっぱりお母さんが気にしすぎだとか、ちょっと過保護だってスルーされちゃうことも多いんです。結局、小学校に行ったらもっと問題が大きくなるので、そういうパターンもあり得るということを幼稚園や保育園でも知っていただいて、合うような環境で対応していってほしいんですが」

 さらにもう一点、神尾さんは「不安」について付け加えた。

「不安というのは、よくある精神障害ですけど、自閉スペクトラム症にもこの合併が多いんです。子どもの不安って、恐怖に近いから、さっきまで普通にしていても、あるときに爆発的に出たりします。不安がある子はそういう場を徹底的に避けるようになるので、見えないだけで。本人は本当に生きづらくて、世界が怖くて、場合によっては怒りとかまで感じて、やっぱり自分の中にためていくので、親も含めてそこで悪いループに入っていくわけです」

 ほんとうに様々なケースがある中で、それらを早めに見つけて早めに対処するというのが神尾さんの立場だ。古典的な知的な遅れを伴う自閉スペクトラム症も、この2、30年のうちにクローズアップされた、知的な遅れを伴わない「高機能」な自閉スペクトラム症も、放置しておくとのちのち大変なことになることがある。それこそ、つらい場所に置かれ続けて、本来伸ばし得たはずの様々な特徴をスポイルされた上で、うつや不眠や不安など、ありとあらゆる穏やかならざる合併に悩まされ、本来、過ごせるはずだったかもしれない豊かな生き方が想像できなくなるほどの深みに落ち込んでしまうことだってありうる。やがて重たい精神症状を合併して、精神病院で隔離されて一生を終えるというようなことも、20世紀にはありえたのである。

自閉スペクトラム症に早いうちから対処できれば、重い合併症を防げ、伸ばし得る特徴を伸ばしやすいという。
[画像のクリックで拡大表示]

 今、この問題にかかわる世界中の専門家たちは、適切な診断に基づいた治療や支援を早期から始めたり、それ以前のところで良い環境(発達障害の子も定型発達の子も、ともにメンタルヘルスを保ちやすい環境)を作ることで事態を改善できると信じ、努力をしている。神尾さんも、その流れに棹さす一人だ。

 そして、そのためには、今、わたしたちの社会の中で、自閉スペクトラム症の子どもたちがどれくらいいて、診断や治療や支援や環境の改善を必要としているか知らなければならない。臨床の現場からは、一歩引いて、いわゆる疫学的な調査が大事になる局面だ。

 国立の研究機関にいた神尾さんは、その点でも、時代を画する研究を行っているので次回以降の議論で教えてもらおう。

つづく

神尾陽子(かみお ようこ)

1958年、大阪府生まれ。発達障害クリニック附属発達研究所所長。児童精神科医。医学博士。1983年に京都大学医学部を卒業後、ロンドン大学付属精神医学研究所児童青年精神医学課程を修了。帰国後、京都大学精神神経科の助手、米国コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、2006年から2018年3月まで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部部長を務める。現在は発達障害の臨床研究や教育・医・福祉の多領域連携システムの構築に携わる傍ら、診療活動や学校医および福祉施設の嘱託医を務めている。一般向けに『ウタ・フリスの自閉症入門』(中央法規出版)、『自閉症:ありのままに生きる』(星和書店)などの訳書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。