あなたの知らないアイスロード
イエローナイフでの暮らしを支えてきた、もう1つの知恵を紹介したい。航空機製造などで知られるカナダを代表する大企業、ボンバルディア社が1940年代に世に送り出した雪上車、ボンバルディアB12だ。
ワゴン車の前輪をスキーに、後輪をキャタピラーに取り替えたような構造をもつ。そして、イエローナイフの街を抱くように広がるグレートスレーブ湖では、誕生から70年以上たったB12が今も現役で、凍った湖面を爆走している。
B12はかつて、真冬のイエローナイフで病人や郵便物を運んだり、子どもたちを学校に送迎したりするのに使われていた。極北にあるこの街では冬の間、普通の自動車では移動することができなかったからだ。
現代に生きる私たちには、雨でも雪でも車で移動ができるのが当たり前になっている。だが、車が使えないから病気になっても病院に行けない、病人がいても医者は駆けつけることができない、そのために人の命が失われる、そんな時代がほんの少し前まで確実にあったのだ。
だからこそボンバルディア社の創業者、ジョセフ=アルマンド・ボンバルディア氏は、小さな町工場で雪上車を作り出した。彼は厳冬のカナダで、病院に連れて行く手段がないという理由から、2歳の我が子を腹膜炎で亡くしている。
今、凍った湖面を爆走するボンバルディアB12は、氷の下の魚を捕まえるアイスフィッシングに使われている。おかげで私たちは、イエローナイフのレストランで新鮮な魚を味わうことができる。
B12はもうずいぶん前に、人の命を預かる仕事からは「卒業」した。なんとも愛らしいフォルムをしたB12には、アイスフィッシングという仕事の方がぴったりだ。それに“彼”はもう70歳を超えているのだ。のんびりした仕事をさせてやりたいと誰もが思うのではないだろうか。
この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。
著者 平間俊行(ひらまとしゆき)
ジャーナリスト。1964年、宮城県仙台市生まれ。報道機関での勤務のかたわら、2013年から本格的なカナダ取材を開始。歴史を踏まえたカナダの新しい魅力を伝えるべく、Webサイトや雑誌などにカナダの原稿の寄稿を続ける。2014年7月『赤毛のアンと世界一美しい島』(マガジンハウス)、2017年6月『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌ旅』(天夢人)を出版。