これは発想の転換というもので、ぼくは正直、ガツンとやられた。ゼロから水中考古学者を養成しようにも、そもそも水中考古学というジャンルそのものが「水中で発掘するノウハウ」に依存している分野である以上、そこに携わる個々人の学術的専門性は自ずと、個別の考古学分野に求めることになる。山舩さんのような船舶考古学者が、水中発掘のノウハウを伝えることはできるかもしれないが、結局、日本の研究を進めるためには「日本の考古学」の専門家が自ら潜水することが求められるだろう。

 安全上の問題などクリアすべき部分があるだろうが、山舩さんは楽観的だ。

「ダイビングと潜水士のライセンスさえ取れば、陸上の考古学者の方は研究できるので、全然大丈夫です。ダイビングの免許って4日で取れるんです。4日で5万円ぐらいです。一方で考古学者になるのは、10年以上、文献資料を読みあさるような経験と知識が必要なので、やっぱり一から水中考古学者をつくろうとするよりも、すでに経験ある考古学者が潜った方が早いんです。また、現状、水中遺跡だけをやる専従の研究者が出たとしても、それだけでは就職先がありません。それより、地域の埋蔵文化財課が、陸上遺跡100件やるうちに1件ぐらい水中遺跡をやってくれれば画期的に変わります」

今いる考古学者が水中にも向き始めたら、胸がときめくような発見が相次ぐのではないだろうか。
今いる考古学者が水中にも向き始めたら、胸がときめくような発見が相次ぐのではないだろうか。
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 もしもこういうことが実現するなら、胸がときめくような発見が相次ぐのではないだろうか。海や湖沼に今も眠っている考古学的な遺物は、日本には多いはずだ。海底や湖底に貝塚があったり、伝説で語られていたような遺構が海や湖に沈んでいるかもしれない。また、信仰の対象となってきたような湖には幾多の奉祭品が沈められているだろう。浅いところなら自ら潜水し、深いところなら水中ドローンを使う手もある。

 山舩さんが自身の経験の中で、近年、水中考古学の新興国として存在感を増しているのは、クロアチアだという。それも「陸の考古学者が潜り始めた」事例として、教えてくれた。

「実は、多くの国で、観光業と考古学がイコールなんですね。日本でも京都を見れば分かると思うんですけど、人が観光地に行ってお金を落とすのは、やはり歴史的建造物があるからなので。そして、地中海の国は、ギリシャ文明、ローマ文明、また中世の国々やルネッサンスなどの舞台ですから、考古学にものすごい力を入れてきて、考古学者がたくさんいたんです。で、彼らが潜り始めました。これはクロアチアだけでなく、イタリアやギリシャも同じです。ちょっと留学をして水中考古学を学んだり、または海外の大学の研究機関を自分の国の発掘に受け入れて学び始める。もともと考古学をやっていた人たちが一気に水中考古学を勉強したので、発掘量がものすごい多く、国際的にも、あの国すごいよねというふうに認知されていきます。でも、実はクロアチアには、今も水中考古学専任の研究者はいないんですよ。みんな陸の考古学を学んだ人が水中調査を行っているんです」

 そして、再び話は船舶の考古学に戻ってくる。

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