第2回 水中考古学に一目惚れして、船の考古学に夢中になるまで

「人類は農耕民になる前から船乗りだった」という、船舶考古学の分野では知らない者がいない名言がある。

ジョージ・バス博士と。2018年1月撮影。(Photo Credit:Kotaro Yamafune)
ジョージ・バス博士と。2018年1月撮影。(Photo Credit:Kotaro Yamafune)
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 テキサスA&M大学の元教授で、2021年に亡くなったジョージ・バス博士(1932~2021年)によるものだ。

 バス博士は、水中考古学の父とも呼ばれる人物だ。1960年に始まったトルコ沖のケープ・ゲラドニア沈没船の発掘で、水中考古学を学術のレベルに引き上げたことで知られる。山舩さんにとっては、偉大な先達であり、また、すでに引退していたとはいえテキサスA&M大学、船舶考古学専攻の大先生でもあった。より正確には、山舩さんを指導した先生たちのさらに先生だった世代だ。しかし、山舩さんは、バス博士の著作や論文の図表を作成したりした縁から交流があり、公私ともに薫陶を受けたという。

 では、1960年代という、比較的「最近」始まった水中考古学、船舶考古学の学術化というのはどういうものだったのだろうか。山舩さんに解説してもらおう。

「もともと水中遺跡の重要性に気づいていた人や、実際に発掘を行っていた方々はいたんです。ただ、それまでに行われていたのは、漁師さんですとか、日本でいうと海女さんのように潜水できる人に頼んで遺跡を水中から引き上げるだけでした。これを陸上でやったらどうなるか考えてほしいんですけど、まずありえませんよね。どこから出土したかという状況、遺跡がどういうふうなものかという状況を記録せずに、ただ出てくるものを集めているわけですから。でも、バス先生以前は、考古学者ですらモノだけを引き上げるような時代でした。あとはトレジャーハンターまがいの人たちが、まったく記録をせずに、ただおもしろそうなもの、お金になりそうなものを引き上げることもたくさんありました」

 陸上で同じことをやったらどうなるか、という指摘にははっとさせられた。たしかに、陸上の遺跡は、発掘する際に事細かに記録を取る。遺跡を発掘することは、遺跡の破壊を伴うことなので(掘り起こすことは、つまり破壊だ)、発掘の際に記録を取るのは必須のことだし、それをきっちり行ってこその考古学だ。

「そこで、ジョージ・バス先生がやったのは、陸上と全く同じスタンダードで水中でも発掘を行って研究をするということです。バス先生が、1960年にはじめたケープ・ゲラドニア沈没船の発掘は、水深がおよそ26メートルに沈んでいるものでした。それまでは、例えば壺が引き上げられて、それがどこで作られたのかという議論くらいしかできなかったんですが、海底できちんと調査を行うと、例えば、船の正確な大きさや、作られた技術が分かるので、船自体がどこで作られたものかも分かります。また出土品にしても、貿易品ではない、ふだん使いらしい皿などが4つずつのセットで見つかって、それが積み荷が密集している船体中央部ではなく、船の操舵を行い、乗組員の居住スペースもあったであろうとされる船体の船尾付近から発見されたことにより、船員が4人だっただろうと推測できたり、これまでとは違う精度の議論が可能になりました。それまでただ物を引き上げるだけのお遊びとみなされていたものが、水中には保存状態がよいものが残っていて、ここまで分かるのかと、陸上の考古学者たちにも認められたんです。この功績で、バス先生は水中考古学の父と世界中で認識されていると思います」

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