第3回 「生命が始まる最初の瞬間」を再現したい

 温泉や熱水噴出孔の周囲では、特定の硫化鉱物にくっつくペプチドが選ばれて濃縮されるかもしれないというシナリオを思い描いて、藤島さんはそれを実験室で確かめた。そして、実際に硫化鉱物の表面にくっついて濃縮されるペプチドがあることもつきととめた。

 では、そうやって濃縮したペプチドの性質はどうだろう。ただ、硫化鉱物とくっついて濃縮されるだけでは、やはり生命活動に役立つような機能を持っているとは言えないのでないか。

 ぼくがそのように述べると、藤島さんはニヤリというのに近い笑みを浮かべた。

「つまり、鉄・硫黄クラスターを持つタンパク質の原型は、鉱物の表面に結合していた短いペプチドが、鉱物の表面を一部はがして溶液中に遊離したものなんじゃないかと考えているんです。だから、タンパク質の中で、鉄・硫黄クラスターを取り囲むような位置にあるアミノ酸を持ったペプチドが、本当に特異的に濃縮するかどうかというのを、今まさに調べているんです」

 なるほど! 疑問が氷解する。硫化鉱物の表面にペプチドをくっつけてみる実験は、原始の環境の中で特定のペプチドが選ばれて濃縮される仕組みを確認しようとするものであると同時に、生命がいかに酸化還元反応のエネルギーを利用できるようになったのか、「鉄・硫黄タンパク質」の起源を問う壮大な意図を持っていたのである。特定のペプチドが選ばれて濃縮されることと、それが必然的に、生命活動に本質的な機能を持ったものになるということが同時に示せれば、大きなブレイクスルーになるだろう。

なるほど、酸化還元反応のエネルギーをもたらす特定のペプチドが濃縮される仕組みが確認できれば、「鉄・硫黄タンパク質」の起源がわかるかもしれない。
なるほど、酸化還元反応のエネルギーをもたらす特定のペプチドが濃縮される仕組みが確認できれば、「鉄・硫黄タンパク質」の起源がわかるかもしれない。
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 なお、鉄硫黄タンパク質で、「鉄・硫黄クラスター」を囲み、逃げないようにトラップする役割を担っているのが、前回も登場したアミノ酸のシステインだ。システインは、地球の生命が使っている20種類のアミノ酸の中で唯一硫黄を含むチオールという官能基を持っており、まさにその硫黄の部分で「鉄・硫黄クラスター」の鉄と結合する。だから、システインは生命活動の中でとても重要な役割を演じていると言える。天然にはあまり存在しないために、安定供給のためには自分で合成するのだが、現在のシステイン合成酵素にはそれ自体システインが使われている。システインが先か酵素が先かという「鶏と卵の問題」が顔を出す。その謎の一端を解くために藤沢さんが行ったのが「システイン抜きのシステイン合成酵素を作ってみる」研究の背景だった。

「結局、エネルギー代謝とセントラルドグマ、代謝系と翻訳系、これら両輪を回さないと生命のシステムは維持できず、同時になければ意味がないことが多いんです。そういう時に、ここはどっちが先かというのが非常に難しいんですよね」

 ジレンマの中に、本質的な何かが隠れていることがよくある。硫化鉱物の表面にペプチドをくっつけてみる実験について、「特定のペプチドが選ばれて濃縮する仕組み」と「代謝系の起源」に橋をかけて一つながりのものにするものだと理解したのだが、さらにそれだけでは済まない視野があることにも気付かされた。藤島さんの探求は、実を言うとこの手のジレンマを解消する道をさぐることでもある。

つづく

藤島皓介(ふじしま こうすけ)

1982年、東京都生まれ。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)「ファーストロジック・アストロバイオロジー寄付プログラム」特任准教授、慶應義塾大学 政策・メディア研究科特任准教授を兼任。2005年、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2009年、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了。日本学術振興会海外特別研究員、NASA エイムズ研究センター研究員、ELSI EONポスドク、ELSI研究員などを経て、2019年4月より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。