第2回 生命は「2つの紐」から始まった?

「僕が今思い描いている生命が誕生したプロセスというのは、こんなふうです」とプリントアウトした図を指さした。

2つの紐はどこからきたのだろうか?(画像提供:藤島皓介)
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「ELSIに来てから、地球の初期環境はどうだったのか研究している人たちとも話す機会もあって、さらに練り上げたものです。最初はですね、生化学的なプロセスが一切ない世界、つまり原始地球があって、そこには、原始地球上で誕生した有機物もあれば、宇宙から隕石に含まれて届いたような有機物もある、そういう状態です。高分子、僕が言うような『紐』がどうできたかがポイントです。『種』になるような有機物が、脱水縮合といって水が抜ける化学反応でつながることで紐になっていくんです。ここがおもしろいところで、我々は生命活動をするのに様々な有機物や金属を溶かすために水を溶媒として使ってるんですけれども、本来、水があるところでは紐はできにくいというジレンマがあるんです。なので、生命が誕生した場所として有力視されている候補として、例えば地表の温泉の乾くか乾かないかぐらいの縁の部分が昔から注目されています。そこで有機物が濃縮して脱水縮合して紐になったのではないかと言われていますし、最近では水が豊富だと思われていた環境においても、深海の液体二酸化炭素のように非常にドライ (水が少ないという意味で)な環境があることがわかってきています」

 本当にここは、おもしろいところだ。系外惑星で「ハビタブル」なものを探す時にも液体の水が存在できるというのが基準になるし、太陽系内の探査でも生命の存在を追うためにはまず水を探す。火星で水が流れた痕跡などが見つかると、それは宇宙生物学的な大ニュースだ。しかし、藤島さんが言う「紐」が成長するためには、水中を漂っているだけではだめで、乾いたところで脱水縮合が起こらないといけないというのである。これは大いなるジレンマだ。だからこそ、地表の温泉の縁だったり、深海の液体二酸化炭素のような、水が抜けて濃縮したり、また水につかったり、ということを繰り返すようなところがこういった高分子ができる場だったのではないかというのが最近よく語られることだ。

「脱水縮合反応が起きてさまざまな紐ができても、それらがすぐに生命につながるかというと簡単ではありません。というのも、つながっただけではほとんどガラクタですから。そんな中で、機能を持ったものが選択されて残ってこなければならないですよね。じゃあ、どういう環境で、どういうものが残ってくるのかというのが、実はまだ調べられていないので、僕がやっているのはまさにそれなんです」

 宇宙の化学進化、そして地球上での化学進化が進んで、生命の材料となるような物質が揃い、ある時から紐ができはじめ、そして、色々な種類の紐が試された結果、最終的に2種類の「紐」によって、現在生体内で起きているような生化学的反応の回路が駆動し始める。

 その瞬間を実験室の中で再現したい。すごく大づかみに言って、藤島さんの野望の中心はそのあたりのようだ。

 その際に「実際に作って確かめる」合成生物学的な手法を駆使するのである。

つづく

藤島皓介(ふじしま こうすけ)

1982年、東京都生まれ。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)「ファーストロジック・アストロバイオロジー寄付プログラム」特任准教授、慶應義塾大学 政策・メディア研究科特任准教授を兼任。2005年、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2009年、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了。日本学術振興会海外特別研究員、NASA エイムズ研究センター研究員、ELSI EONポスドク、ELSI研究員などを経て、2019年4月より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。