第5回 日本のマンガやゲームに北欧神話が広まった歴史をひもとく

 信州大学人文学部の伊藤盡さんは、研究の柱に「日本のマンガにおける北欧神話受容史の萌芽研究」を掲げている。たしかに、日本には北欧神話に題材をとったマンガはとても多く、少しでも関心のある人なら5つどころか10以上、挙げられるだろう。21世紀になってからは、いわゆるライトノベルで扱われることも増えた。もはやすべてを把握するのは不可能ではないかという水準だ。

 こういった日本人の北欧神話好きはどこから来て、今どのように結実しているのか。伊藤さんによれば、アジアにおいて北欧神話をかくも受容し、新たな文化的な創造物を送り出し続けているのは、今のところ日本だけだという。我々は何をそこに見るべきなのか聞いていきたい。

 そのためには、マンガに限らず日本における北欧神話の受容史を、まずは簡単に解説してもらう。

信州大学教授の伊藤盡さんは、科学研究費助成事業の「日本のマンガにおける北欧神話受容史の萌芽研究」の研究代表者を務めた。
信州大学教授の伊藤盡さんは、科学研究費助成事業の「日本のマンガにおける北欧神話受容史の萌芽研究」の研究代表者を務めた。
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「日本で北欧神話が受容されていく中には、やっぱり転機は3回あったと思います。1回目は山室静さん(1906~2000年)という東北大学の美学科出身の方が、北欧神話あるいは北欧の戯曲を、イプセンなどを通じて日本により広く紹介しようとなさった動きです。それは、北欧を全部見越した上でのことなんですけれども、それをさらに進めたのが、谷口幸男先生(1929~2021年)という、先日天寿をまっとうされた広島大学のドイツ文学の先生です。本当に谷口幸男先生はすごい方で、よくもまあ、これほどの原典をエッダやサガも含めて、日本語に訳してくださったなと思っています。これが2回目の転機です」

 山室静の著作には『北欧文学の世界』(弘文堂、1959年)、『ギリシャ神話 付・北欧神話』(現代教養文庫、1963年)があり、谷口幸男には、『エッダとサガ―北欧古典への案内―』(新潮選書、1976年)、『エッダ―古代北欧歌謡集』(新潮社、1973年)、『アイスランド サガ』(新潮社、1979年)などがある。つまり、日本人はまず1960年代には山室の著作で、ギリシア神話の本の「付け足し」とはいえ、すでに北欧神話に触れる機会があり、1970年代には谷口の訳業で、エッダやサガに触れることができた。ぼくが北欧神話とエッダに関心を持った直接のきっかけは、1976年の『サイボーグ009 エッダ(北欧神話)編』だが、その直後に図書館で探すとたしかにこれらの書籍があった。

「谷口先生の後に多くの研究者が続きます。デンマークに留学された慶應義塾大学の早野勝巳先生や、アイスランドに留学された大阪外国語大学の菅原邦城先生、さらに同時期に早稲田大学でアイスランド語の文法書を書かれた森田貞雄先生がいらっしゃいました。これは私の恩師に相当する世代で、日本における中世北欧の文化、文学、文献学、そして神話、伝説を私たちにもたらしてくださった大恩ある方々だと思っています。そして、東海大学出版部にいらした三浦さんという編集者の方が、とてもとても力を尽くしてくださって、先生方の著書をたくさん送り出してくれました」

 こういった研究と出版の流れが、決して大河のようではないにしても、絶えることなく続いており、伊藤さん自身もそこに棹さしている。目下、谷口訳のエッダの改訂版を監修する作業にも取り組んでいるという。

 このような状況であるからこそ、日本では20世紀のうちに北欧神話を作品中に取り入れたマンガなどが現れた。

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