第4回 北欧神話の起源と写本「エッダ」発見の物語

「では、エッダとはなにかというと、まずは『ひいおばあちゃん』を呼ぶときの愛称なんです。それと同時に、ラテン語で詩を編纂することをエドーといいまして、『編纂されたもの』という意味への古北欧語風の外来語翻訳がまさに『エッダ』となるので、その2つをひっかけたんじゃないかというふうに私は考えています。現在残っている最も古い写本が13世紀初頭に書かれたと考えられていて、現在スウェーデンのウプサラ大学の図書館にあります。この『エッダ』と呼ばれた書物は、当時もどうやら好評を得たらしく、何冊か写本が書き写されているんですが、後のものになると、いろいろと付け加えが入っていきます。これがスノッリ自身の言葉なのか、それとも後から写本に書き写した人のものなのかは議論の余地があるんですけれども、とにかく主なものとして4冊あり、それらに神話のエピソードが山ほど載っていたんです。なぜなのかというと、北欧の詩人たちは詩の中の言葉に神話のエピソードの意味をあえて乗せる詩の技法を使っていたからなんですね」

「北欧神話=エッダ」というのは思い違いだった。
「北欧神話=エッダ」というのは思い違いだった。

 その技法について解説してもらったのだが、確かに神話を知らなければ詩を理解するのが不可能なほどのものだった。例えば「狼の敵のガールフレンド」というフレーズが出てきたとする。この場合、「狼の敵」とは、世界の終わりの戦いラグナロクにおいて狼に食べられることになる主神オージンのことだ。そして、オージンの恋人としてよく知られるのは大地母神であるヨルズである。結局「狼の敵のガールフレンド」とは、「大地」のことを指している、というふうに。

 そして、エッダについての話は、さらに続きがある。17世紀になってアイスランド南部の司教が、突然、新たな写本を発見したのである。

「どういう経緯で彼のところに来たのかは分からない謎の写本なんですが、スノッリが書いた詩の教本の中に引用されているような詩が多く含まれていました。神話時代の伝説やあるいは神話そのものが詩の形で山ほど出てきます。それをもって『詩のエッダ』と呼んでいます。現在、北欧神話の生の姿、つまりスノッリの編集の手が加わってない生の姿と考えられるものはこちらです。以来、そのような神話、伝説を含んだ詩のことをエッダ詩と呼ぶようになり、この写本以外にも少し見つかった別の写本に含まれる神話的な詩、あるいは伝説的な詩も、エッダ詩と呼ぶようになって、現在に至っています」

 北欧神話というと「エッダ」と語られる背景には、このような発見の物語があった。それにしても、アイスランドは、ことエッダにしてもサガにしても、それらを今に伝える中心的な役割を果たしたのだと感じ入る。まずは、その言語が中世の言葉の特徴をそのまま宿しているという件と、さらにはスノッリのエッダや、のちに発見される詩のエッダなどを通じて。実際、アイスランド人にとって、こういったことはナショナル・アイデンティティにもなっているそうだ。

「詩のエッダの写本は、17世紀に発見した司教がデンマークの王様にそれを献上して以来、ずっとコペンハーゲンのデンマークの王様の図書室にあったんです。だから、王室写本とも呼ばれているんですが、アイスランドが第二次世界大戦末期の1945年にデンマークから独立を宣言し、独立を勝ち得た際に、その証拠の品としてアイスランドに返還されたんです。写本が乗せられた船がアイスランドのレイキャヴィーク港に着くときは、もう本当に多くの人たちが港をびっしり埋め尽くすほど集まりました。これは歴史的な事件であり、かつ北欧神話に関係する人にとっては忘れられない大事件なんですが、当時、日本はそれどころじゃなかったのであまり知られていません。でも、日本が戦後の占領時代から復興に向けていく中で、北欧でもそういうふうに自分の国のアイデンティティを取り戻した事件があったということは、北欧神話を今、日本人が語り、受け取る中で、背景知識として持っていてもいいのではないかと思います」

 こうやって長い対話の中で話はめぐり、北欧神話、エッダ、そしてサガといった「ここではないどこか」の物語、今、我々が暮らす日本とのかかわりについて語る準備ができたと思う。伊藤さんは今、研究の柱の1つとして「日本のマンガにおける北欧神話受容史の萌芽研究」を掲げている。その研究ではどんな景色が見えてくるのか楽しみだ。

つづく

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伊藤盡(いとう つくす)

1965年、東京都生まれ。信州大学人文学部英米言語文化コース教授。慶応義塾大学文学部卒業後、明治学院大学大学院博士前期課程、慶応義塾大学大学院文学研究科博士後期課程に進学。1991年から1年間のアイスランド大学留学を経て、複数の大学で講師や准教授を務めた後、2016年から現職。中世英語および北欧言語を専門とするが、特に英雄叙事詩『ベーオウルフ』やバイキングの英国移住時期の言語文化(古英詩、年代記、法律文書、北欧神話の記録など)資料研究を中心とする。著書『『指輪物語』エルフ語を読む』(青春出版社)や共著『アイスランド・グリーンランド・北極を知るための65章』(明石書店)、訳書『貴婦人ゴディヴァ:語り継がれる伝説』(慶應義塾大学出版会)、『指輪物語 フロドの旅―「旅の仲間」のたどった道』などのほか、『図説 ヴァイキング時代百科事典』(柊風舎)、『J.R.R.トールキン―世紀の作家』(評論社)、映画『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビットの冒険』シリーズのエルフ語の翻訳監修も務めた。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER、集英社文庫)、クライミングと地学でそれぞれの五輪を目指す高校生の青春小説『空よりも遠く、のびやかに』(集英社文庫)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「色覚の進化」から派生した『「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)など。新型コロナ感染症の流行初期から「第一波」を乗り切るまでの体験をまとめた『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(中央公論新社)で2021年科学ジャーナリスト賞を受賞。近著は、17世紀に日本に来ていた鳥ドードーの足跡を追いかけた探究の物語『ドードーをめぐる堂々めぐり――正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。