第4回 北欧神話の起源と写本「エッダ」発見の物語
「2つの答え方があります。まず、西暦1世紀までに何百年も前から口伝えで神話があったことは分かっています。ローマの著述家タキトゥスが書いた『ゲルマーニア』という書物でゲルマン人の神話として口伝えで歌が使われていたという記述があるんです。その歌の形式は語頭にアクセントが固定する特徴があり、それはインド・ヨーロッパ祖語からゲルマン祖語が分かれた紀元前2000年の後のことなので、おそらくは紀元前1000年から紀元0年までの間にゲルマン人の神話は間違いなく作られていたはずです。そこから北欧人はさらに自分たち自身の神話をつくり上げていくのですが、それは紀元1世紀から4世紀の間です。なぜ分かるかといいますと、紀元4世紀のルーン文字の石碑の言語がどうやら今の北欧語のもとになっているということが分かっているからです」

言語ができる時に、最初に語られるのは神話である。現存最古のルーン碑文に詳細な神話は記されてはいないけれど、碑文に宗教的な文言はあちこちに認められ、その背景に何らかの神話的エピソードが隠されていると想定することも可能だそうだ。
かくのごとく、北欧神話はかなり古い時代に誕生していた。今、我々が知っているその物語は、諸世界の中心に超巨大な世界樹ユグドラシルがある特徴的な宇宙観や、「神々の黄昏」とも訳される終末ラグナロクにおいて敗北が予言されながらもその最後の戦いへと神々が向かっていく独特の終末観などで、我々の心を惹きつけてやまない。主神オージン、雷神ソール、愛と美の女神フレイヤ、いたずら者でトリック・スターのロキ、戦闘の女神たちヴァルキュリア(ワルキューレ)、始まりの巨人ユミルなどは、様々な創作の中に登場する。遠くの国々の古い神話が、よくもこうやって今、日本語話者にも届いているものだと感動すらおぼえる。
では、北欧神話はどのような形で伝わり、現在のように世界的に知られることになったのだろうか。
「北欧神話も、かつては口承でしたが、このままではロマンスに取って代わられてしまいそうだという時にエッダが『書かれたもの』として生まれました。これは、アイスランド人でありながらノルウェーの宮廷に何度も足を運んでいたスノッリ・ストゥルルソン(1178年頃~1241年)という政治家のおかげです。彼はとても記憶がよく、アイスランドの『法の宣言者』を2度、務めた人です。アイスランドでは全島民が1年に1回集まるんですが、その都度、島の法律の4分の1を暗誦して、4年で全法律を暗唱し終わります。その暗唱を担当するのが『法の宣言者』という役職です。だから、知恵もまわるし知識もある。昔から伝わっている詩の暗唱もできた。さらには、人からも聞き取った。その動機も、このままでは先祖伝来の言葉が失われてしまうという危機感からだったんです」
ただ、スノッリが書き残したのは、神話そのものというより「詩の教本」だったという。古い詩を題材にして、その本当の意味や技法といったものを解説するものだ。
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