第1回 バイキングと北欧神話とトールキンの「異世界」へようこそ

 本連載としては、およそ2年ぶりの対面でのインタビューだ(最後の対面インタビューは、児童精神科医の神尾陽子さんだった)。意図したわけではないが、同行した編集者、カメラマンを含め、全員がアイスランドへの渡航経験があるという不思議な組み合わせになり、「ここではないどこか」についての関心を共有する取材チームで話をうかがうこととなった。

 伊藤さんはどのようにして、トールキンの『指輪物語』とエルフ語、サガ、北欧神話、ルーン文字、そして、それらが日本のマンガなどの表象文化にもたらしたもの、といったテーマに至ったのか。個人史、研究史をたどりながら、「ここではないどこか」への、より広く深い眼差しを共有できれば、というのが目論見だ。

 伊藤さんにとって、根っこにあるきっかけはなんだろう。「研究史以前のところで」という限定をつけると、伊藤さんは、少し考えた後で、こんなふうに切り出した。

「13歳の時に誕生日のプレゼントにもらったエドヴァルド・グリーグのピアノ協奏曲イ短調のレコードと、同じ頃に何十回となく読み返していた『赤毛のアン』のシリーズの原書でしょうか」

今の研究の根っこにあるきっかけのひとつはこの『赤毛のアン』だったという。
今の研究の根っこにあるきっかけのひとつはこの『赤毛のアン』だったという。
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 13歳の男子が聴くにしても、読むにしても、ちょっと「ここではないどこか」へ至る要素を強く感じさせる。ノルウェーの国民的な作曲家であるグリーグのピアノ協奏曲は、冒頭の劇的なピアノとティンパニのフレーズが、サスペンスドラマの効果音などにも使われることで日本でもよく知られているのだが、中学1年生の伊藤さんは当時、何を感じたのだろう。

「運命的な出会いだったんです。私がもらったレコードは、アルトゥール・ルービンシュタインというアメリカに亡命したピアニストの演奏だったのですが、フィヨルドの風景がフワーッと脳裏に浮かびました。深い森と谷、海の色、あと灰色の雲ですね。あまりに鮮烈で、それが私が北欧を強く意識するきっかけになったものだと思っています。私はもう、ここに行こう、住もうと。できたら最後の住処になるような、そんな人生を送れたら幸せだろうとまで考えました」

 もちろん当時の伊藤さんがどこかでフィヨルドと森、という北欧の景観を映像として見ていたことは間違いないだろう。それが、音楽に触発されて、鮮烈に立ち現れるというのは、とても鋭い感受性だったと思われる。

 では『赤毛のアン』(ルーシー・モード・モンゴメリ)はどうだろう。ご存知の通り、主人公のアン・シャーリーは、想像力豊かで、いつも「ここではないどこか」について考え続けているような少女である。

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