第1回 バイキングと北欧神話とトールキンの「異世界」へようこそ

 社会が閉塞感に覆われた時、ファンタジー小説、映画、マンガ、アニメなどが流行しがちだという。現実の先行きが見通せない時に、人は「ここではないどこか」、つまり異世界を求めるのかもしれない。

 2020年のはじめよりのパンデミックで世界が「縮んで」しまった時、日本では鬼と対決する若者たちを描いた「ファンタジー」が社会現象になった。様々な「異世界」に転生するパターンを踏襲する小説やマンガも追いきれないほど描かれた。

 一方で、ぼく個人の経験としても、感染症疫学や国際保健の基礎知識を読者に届ける仕事を少しはしつつも(WEBナショジオで、神戸大学の中澤港教授と10回に渡る長大な連載をした)、心は「ここではないどこか」にあったように思う。読書傾向もファンタジーに寄っていったし、『ロード・オブ・ザ・リング』などのファンタジー巨編映画を配信サービスで久しぶりに鑑賞したりもした。『スター・ウォーズ』サガ(シリーズ)も見直した。

 また、WEBナショジオのサイトで触れるバイキング関連のニュースを、「ここではないどこか」を感じさせるものとして、この時期、楽しんでいた。北の海の荒くれ者たち、というイメージで語られがちな彼らは、厳しい環境で生きる地に足をつけた生活者でもあって、千年以上も前にスカンジナビア半島やユトランド半島から、アイスランド、グリーンランド、さらには北米まで足を伸ばして生活拠点を築いていた証拠が次々と発見されては、報じられている昨今だ。北欧の昔話ともいえる「サガ」の伝承が考古学者による発掘調査で裏付けられるなど、非常に大きな興奮をもたらす発見が相次いでいる。日本からは遠い地域だということもあり、自分にとってはファンタジーに近い憧憬を感じさせられる。

 そんな関心を薄く広く持っていたところ、信州大学人文学部の伊藤盡(つくす)教授の研究が気になるようになってきた。伊藤さんは、『ロード・オブ・ザ・リング』の原作『指輪物語』を著わしたJ・R・R・トールキンの研究者であり、作中で使われる「エルフ語」の映画での字幕と吹き替えの監修を行っている。一般には呪術的なイメージを持たれがちな北欧中世のルーン文字に詳しく、積極的に石碑を訪ねて採録している。また、英語文献学の教授なのにアイスランド留学経験があり、国際サガ学会なるものにも参加しているし、日本のマンガへの北欧神話の受容と継承、という研究テーマも掲げている。この1年半の間に、自分の中に薄く広くあった「ここではないどこか」への憧憬を、さらに広い視点から包み込むような研究の「大きさ」を感じ、ぜひお話を伺いたくなった。

 ちょうど紅葉が終わろうかという時期に長野県松本市を訪ね、かなり冷え込んだ午後、信州大学松本キャンパスの研究室でお話を伺った。キャンパスの入り口で伊藤さんは北欧神話が出てくるというライトノベルを読みながら待ってくれており、人文学部英米言語文化コースの研究室へと迎え入れてくれた。

信州大学松本キャンパスの伊藤盡教授を訪ね、たっぷりとお話を伺った。
信州大学松本キャンパスの伊藤盡教授を訪ね、たっぷりとお話を伺った。
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