第9回 「食」にまつわる健康情報との付き合い方は?

「イギリスには、サイエンス・メディア・センター(SMC)というのがあります。医学情報などきちっと一般人に伝わるように努力している機関です。何をやっているかというと、『Lancet』だとか『BMJ』とかが論文を発表する前に、こういう論文が出ますよとSMCに送るんです。で、SMCは、その研究論文の内容に詳しいであろう専門家たちに意見を聞いて、メディアにその意見を知らせます。その結果、報道される時に研究にかかわってない専門家の客観的な意見が同時に発表されるようになるんです」

 それは確かによい考えで、一定の効果があるかもしれない。

 実は、2010年に日本にもサイエンス・メディア・センター(社団法人)ができた。2011年の東日本大震災後には、意見の分かれる問題について専門家の様々な見解を紹介して高い評価を得ていた。しかし、海外のように民間資本の支援を得ることができず、2015年以降は活動を縮小している。2018年度に改めて研究費を獲得し、今後は新たな展開を予定しているとのことなので期待したい。

 と同時に、SMCは専門家に依存しているので、専門家がきちんといないことにはどうしようもない。こと医療情報や健康情報のエビデンスを伝える幅広い分野については、しっかりと疫学のトレーニングを受けた研究者が情報を発信しやすい土台が必要だろう。あるいは、科学コミュニケーションの専門家の中で、疫学的な情報のフェアな解釈ができる人、少なくとも研究者の発言を日常の言葉に翻訳できる人が増えれば事態は改善するのだろうか。

 どちらも、一朝一夕にはいかないが、この状況が続くなら日本の社会は「エビデンス」を解釈すること自体に困窮し続けることになるだろう。これは実は、大きな社会的な損失だ。今村さんのお話を伺い、そういった懸念を深めている。

うしろに見える幾何学的な形の橋は、ケンブリッジ名物の「数学橋」。
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おわり

今村文昭(いまむら ふみあき)

1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。