「定義のばらつきなどは賛否あると思いますが、お米を問題にする人たちが言うほど日本食は悪くはなく、ちょっといいかもしれないくらいだと思います。お米と糖尿病との関係だけを個別にとりあげて危険だという考えもありますが、前にも言ったとおり、日本の食生活の中でお米を食べている人は死亡率が低いという結果があったり、広い視野でエビデンスをおさえていくべきですね」

食と健康の関係は、広い視野でとらえよう。
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 日本食をめぐる最近の議論で、ぼくが関心を持ったのは「減塩」についてだ。一般論として、ぼくたちは「減塩」をすべきだとよく言われるし、減塩醤油や減塩味噌を使ったりして心がけている人も多いだろう。ところが、近年、「尿へのナトリウム(Na)排出量が少なすぎると総死亡率などのリスクが高い傾向にある」という結果が報告されていて(※4)、今村さんは気になっているという。ぼくも興味を掻き立てられたので、話題として付け加えておく。

 まず、素人考えとしては、「Na排出量が少ない人たち」(おそらくは「Na摂取量が少ない人たち」でもある)は、そもそも健康のために減塩を心がけている人たちかもしれず、つまりは何らかの疾患を抱えているため摂取を控えているのであって、それゆえ死亡率が高く見える、いわゆる「因果の逆転」ではないだろうかと思った。ところが、健常者のみを追いかけた解析でも同じ傾向が出ているそうで、謎は深まる。Na排出量の測定の問題などもあるらしく(※5)専門家でないと解釈は難しいのだが、ここにはひょっとすると日本食にまつわる何か深いテーマが潜んでいるのかもしれない。もちろん、現時点で「じゃあ減塩なんてやめた方がいいのか」という話ではさらさらない。ぼくの関心の焦点として、こういう謎を、将来、疫学が解明していく過程はきっとスリリングに違いない、ということだ。その日を待ちつつ、ぼく自身は「ちょっと控えめ」路線を続けようとも思う。わりと濃いめの塩加減を好んでしまい、多少心がけてやっと平均くらいになるのではないかと感じているので。

 いずれにしても、日本で培われた日本食について、日本由来の研究で強いエビデンスがもたらされるのを待ちたい。もちろん、今村さん自身による研究ならなおよい。それはおそらく、栄養成分、食品、食生活といった何層にもまたがった文化的構築物とサイエンスが交わるものになり、さらには、ぼくたち日本人の根っこを明らかにするような仕事になるかもしれないとすら予感する。

(※4)Mente A, O’Donnell M, Rangarajan S, et al. Associations of urinary sodium excretion with cardiovascular events in individuals with and without hypertension: a pooled analysis of data from four studies. Lancet. 2016;388(10043):465-475.
https://doi.org/10.1016/S0140-6736(16)30467-6

(※5)He FJ, Campbell NRC, Ma Y, MacGregor GA, Cogswell ME, Cook NR. Errors in estimating usual sodium intake by the Kawasaki formula alter its relationship with mortality: implications for public health. Int J Epidemiol. 2018:(in press).
https://doi.org/10.1093/ije/dyy114

つづく

今村文昭(いまむら ふみあき)

1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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