第7回 「お米はダメ」「地中海食はいい」のゆがみ具合

 スペインは地中海ダイエットの典型的な国々のひとつと思われているけれど、イベリコ豚を代表とする豚肉の摂取でも有名だ。ある地域では食用油としてラードを使うようで、オリーブオイルどころか植物油ですらない。さらにハムやサラミなどの加工肉の消費が多い。こうした加工肉は、受け継がれてきた保存技術に文化遺産としての価値は確かにありそうだ。しかし一般的に加工肉消費量が多い人ほど心疾患や大腸がんなどのリスクが高いというエビデンスがあり(日本由来のエビデンスについてはまだ解釈の余地がありそうだが、曖昧になりがちな栄養疫学の分野としては比較的はっきりした結論が出ている)(※7)(※8)、これが多いというのはちょっと考えものだ。今村さん自身、前述した187カ国の食品の国際比較の研究を通じてスペインを含む地中海沿岸地域の食の質もそれほど高くはないと感じているそうだ(※9)。

「その上で、たしかに地中海ダイエットのエビデンスってここ数年で蓄積してきてはいます。じゃあ、それは本当に日本人にとっていいのかというと、やはり必ずしもいいとは言えません。そもそもどんな地中海ダイエットが日本人に合っているのか、日本人のための考察と日本独自のエビデンスが今のところ薄いんです」

 結局、今、地中海食が日本で有効かどうか知るには、日本でのエビデンスを見出すのが一番だということだ。さらにその時、大事な問いは、「地中海ダイエットがよいか悪いか」ではなく、「日本人によいであろう地中海ダイエットとはどんなものか」というものだ。

「ただ、こんなふうに思うんですよね」と今村さんは、付け加えた。

「地中海ダイエットが話題となる一方で、日本の厚生労働省と農林水産省が『食事バランスガイド』というものを作って、日本人向けにイラストを発表しています。ご覧になったことがある方も多いんじゃないでしょうか。面白いことに、白米の摂取を含め、『食事バランスガイド』の推奨に近い食生活を送っている人ほど、死亡率が低いというコホート研究の成果があるんです(※10)(※11)。欧米の各国から得られた数多くのエビデンスに基づいた『健康的な地中海ダイエット』を楽しむのを否定はしませんが、日本人由来の食全体に関する既存のエビデンスに注目するのにも利がありそうです。政府が発表した食事を楽しみましょうというと華がなく、一般受けするとは到底思えず情報の伝達に工夫が必要ですが、そもそも私たちの文化に根ざした健康的な食生活というのはそういうものなのかもしれません」

農林水産省の「食事バランスガイド」。(出典:農林水産省Webサイト http://www.maff.go.jp/j/balance_guide/)
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(※7)Micha R, Shulkin ML, Peñalvo JL, et al. Etiologic effects and optimal intakes of foods and nutrients for risk of cardiovascular diseases and diabetes: Systematic reviews and meta-analyses from the Nutrition and Chronic Diseases Expert Group (NutriCoDE). PLoS One. 2017;12(4):e0175149.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0175149

(※8)Sasazuki S, Inoue M, Shimazu T, et al. Evidence-based cancer prevention recommendations for Japanese. Jpn J Clin Oncol. 2018;48(6):576-586.
https://doi.org/10.1093/jjco/hyy048

(※9)Imamura F, Micha R, Khatibzadeh S, et al. Dietary quality among men and women in 187 countries in 1990 and 2010: a systematic assessment. Lancet Glob Heal. 2015;3(3):e132-e142.
https://doi.org/10.1016/S2214-109X(14)70381-X

(※10)Kurotani K, Akter S, Kashino I, et al. Quality of diet and mortality among Japanese men and women: Japan Public Health Center based prospective study. BMJ. 2016:i1209.
https://doi.org/10.1136/bmj.i1209

(※11)Oba S, Nagata C, Nakamura K, et al. Diet Based on the Japanese Food Guide Spinning Top and Subsequent Mortality among Men and Women in a General Japanese Population. J Am Diet Assoc. 2009;109(9):1540-1547.
https://doi.org/10.1016/j.jada.2009.06.367

つづく

今村文昭(いまむら ふみあき)

1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。