第5回 世界水準の栄養疫学者ができるまで

 単純にいえば同じ国の集団では再現性が確認できたが、国が異なれば明確には見えなくなったということだ。背景となる生活習慣が異なることが原因かもしれないし、流通している食品の違いや調査方法の仕方の違いなのかもしれない。そのあたりははっきりとはわからない。

 とにかく、原因はわからないけれど、アメリカと欧州諸国といった、ぼくたちから見れば「西洋の国」の間でも、それぞれの社会の中で確立したエビデンスが互いに通じなかったわけだから、日本人に欧米の食生活のエビデンスを伝えても意味があるのかという問いにもつながっていく。

 食事パターンの研究というのは、昨今流行りの地中海食だとか、低炭水化物食だとか、日本食といった、誰もが知りたい研究と密接にかかわっているので、これらについては次回以降紹介する予定だ。

 さて、栄養疫学の世界で、かなり理論・方法を突き詰めた上で、堅実な研究を続けてきた今村さんは、今後どういった方向を目指すのだろう。

「栄養疫学の枠を超えたいと思っています。ひとつは、運動疫学と栄養疫学を組み合わせた研究です。実を言うと、私がポスドクで在籍していたハーバード大学の栄養疫学に比べ、このユニットの栄養疫学のチームはまだ新しく、強みはむしろ運動疫学なんです」

今村さんが所属するケンブリッジ大学MRC疫学ユニットがあるアッデンブルック病院。
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 前にも紹介したフェンランド研究というイギリス国内のコホートは、参加者の運動状況を測定できるセンサーを使えるようになった2000年代から始まっている。自己申告ではない客観的なデータを取得できるようになってすぐにコホート研究が始まったため、運動疫学研究の中で新たな地平を切り開く立場にある。

「運動することは、あらゆる疾患に予防因子として働くと言われています。フェンランド研究では、アクセルロミター、つまり加速度センサーをベチッと体につけて生活してもらって、体重1キロあたりの動きを3次元で取った1万2000人分のデータがあります。それを含めて、運動疫学の研究がかなり集まってきていますので、うまくその利点を生かしたいですね。それと私が今、関心を持っているのは、怪我や痛みについてです。運動する中での怪我のリスクなどは無視できないですし、痛みがあると運動したくてもできません。関節などに痛みが出やすい肥満した人たちにどう運動を推奨していくかというのも、これからの課題ですので」

 さらに、話をしていると、意外な言葉が飛び出した。

「実は、犯罪疫学や紛争地の疫学にも興味があるんです」

 これはどういうことだろう。