第5回 世界水準の栄養疫学者ができるまで

「大学の講義でも疫学に出会いました。基礎科学と応用科学を結びつける役割を果たす学問だという点が魅力的で、自分の目指すべき領域はこれだと思いました。臨床医学、国際栄養や公衆衛生といった分野でも、根幹にあるのは疫学なんです。それで、ボストンのタフツ大学栄養疫学プログラムの博士課程に進学することにしました」

 疫学は、エビデンスを見出す学問だ。さまざまな応用科学の分野に「根拠」(エビデンス)を与えるための道具を持っている。前にも述べた通り、科学的な根拠に基づいた医療、いわゆるEBM(Evidence Based Medicine)のエビデンスも、多くの場合、疫学者の力もあって確立してきた。

 そして、栄養学は、栄養疫学の研究によって確立されたエビデンスを参照して、個々人に助言したり、食事のガイドラインを作ったりする。栄養学の根っこのひとつに栄養疫学がある。日本では栄養学の研究者や、栄養士、管理栄養士のような実務家がたくさんいる反面、栄養疫学者はとても少ないので、こういったことが認識されていないように思う。

 今村さんが進学したタフツ大学はマサチューセッツ州ボストンにある名門で、近隣にはボストン大学やハーバード大学など現代疫学の中心地とされる研究拠点もある。目下、疫学の最良の教科書とされている"Modern Epidemiology"の著者ケネス・ロスマンは、ボストン大学の教授だ。こういう地の利を活かして、理論・方法に強い研究者になるという決心をしたのは博士研究の1年目が終わった頃だったそうだ。

「夏休みの4カ月のうちに、グアテマラにある栄養学の研究施設で仕事をさせてもらいました。バングラデシュの経験もありますし、発展途上国に貢献したいという気持ちが強くなりました。でも、そのためには世界のどの国に行っても揺るがない基礎を身につけなければと思い、ボストンにいるからにはきちんと理論的な部分を突き詰めて基礎を作ろうと決心したんです。それで、タフツ大学で栄養疫学を学びながら、ボストン大学で疫学・生物統計学を学べるように博士研究のテーマを組み替えました」

 一人の学生が博士になる過程は、チームワークだ。学生はその研究に必要な指導者を見つけてコミッティー(その学生のための博士指導委員会、みたいなもの)を作ってもらい、個々に指導を受けながら、学術論文を仕上げ、十分な準備ができたら最終面接試験の「ディフェンス」にのぞむ。指導者の先生たちを前に自らの研究についてプレゼンをし、ああだこうだとツッコミを受けまさに「防衛(ディフェンス)」する様は、体験者から聞くとめちゃくちゃ大変だ。しかし、今村さんの場合は、事前に多くの厳しいディスカッションをした上で研究を進めていたので、ディフェンス自体は、比較的、スムーズに進んだそうだ。いずれにしても、それは、一人の独立した研究者が誕生する多幸感に満ちたひとときだとぼくは理解している。今村さんは栄養疫学、疫学理論、生物統計の分野で世界的に一流の指導者に恵まれて「ボストンの叡智」を吸収することができた。